@人工知能学会ことば工学研究会
2023年9月24日
パフェは世界中にいろんなスタイルがある

アシェット・デセール

目的
パフェとアシェット・デセールという2種類のデザートの時間的構造を分析する
はじめに:食べ物の時間性
食の時間性の分類
食の時間性の分類
「対象の時間」「認識の時間」「現象の時間」の3つに分類
現象の時間をさらに、非時間性、直線的時間性、循環的時間性、点的時間性の4つの側面に分類
味の鑑賞は
・対象のもつ時間
・身体的認知の時間
・現象の時間
の3つに分類できる
現象の時間は
・無時間(時間が意識されていない)
・線時間(不可逆で一方向)
・円時間(反復し,循環する鑑賞)
・点時間(すべてが同時に同空間に現れる,凝縮した時間)
の4つの相の時間性をもつ
4つの時間性は先験的には決定されず,食べる人の注意や態度によってその都度生起する
寿司の話
前提:時間性は食べる人の意識(注意と態度)に依存する
線形時間:握り寿司
・「寿司は左から食え」
・不可逆で反復のない時間
円環時間:ちらし寿司
・具材の順序が先験的に決まっていない
点時間:巻き寿司
・すべての要素が同時に,同空間に現れる
(無時間) シャリだけ,サーモンだけとか
ピザの持ち方
ピッツァ・マルゲリータのスライスをV字に折るスタイル(V-fold style / The Folder )[1]とひっくり返すスタイル(turn-over / The Wallet) という2つの持ち方によって、その体験の質が変わると思う人は少ないだろう。

しかし、時間性という観点から見ると、両者はまったく異なる体験である。
ピッツェリアによっては、ピッツァ・マルゲリータの中央に少ない具材を戦略的に配置し、スライスをつまむ際にこぼれないようにしている。
このデザインはまた、スライスの先端から食べたときに、徐々に味が濃くなるように意図されている。つまり、ピッツァをV字型に折りたたむと、線的な時間性が1枚のピッツァの中でデザインされる。

しかし、ターンオーバー・スタイルを採用すると、その時間性は変化し、点的な時間性(あるいは円的な時間性)に基づいて鑑賞することになる。
このように、料理の時間性は排他的なものではなく、ひとつの料理が複数の時間性を持つこともある。
ピッツァ・マルゲリータは、味のグラデーションという線的な時間性に焦点を当てることができるし、また、繰り返されるトマトとモッツァレラチーズの中で、バジルによる「特権的な瞬間」(後述)が現れるという、循環的な時間性を持っていると見ることもできる。
ターンオーバー方式で食べれば、グラデーションと繰り返しは失われ、点時間に収束する。食にこだわるイタリア人は、ピッツァをターンオーバーで包むスタイルにカルツォーネという別の名前をつけた。

本研究では、食べものや飲み物の味と香りの鑑賞における時間性を、パフェとアシェット・デセールという2種類のデザートを題材に検討する。
これまで本研究会で発表を重ねてきた通り、飲食物を味わう時間は、口に入ってから飲み込むまでの数秒間に限定されるものではない。
測定不可能な、形而上学的な時間も含まれる。オブジェクトとしてのワインがもつ時間、身体の時間、心の時間など、多層的で多面的な時間が、ひと匙ごと、一口ごとにダイナミックに生成される。



たとえば白粥でも、炊飯ジャーのフタについたパリパリのやつを乗せると、(咀嚼せずに唾液で溶ける感じでも)変化点を与えることができる。
味と香りの美学上の地位
時間は、味や風味が芸術的な地位を得るのを妨げる要因のひとつと考えられてきた。[2]
味や香りの刺激は、美的鑑賞に耐えうるほど長くは続かないからだ。
しかし、この議論はシブリー[3]によって無価値とされている。
アンディーナとバルベロ[4]もこの議論を否定し、例えば即興的なジャズ、ダンス、歌などは、物質的条件よりも構造に依存し、時間的に永続する構造を欠く芸術の例であると主張する。したがって、たとえ感覚が長く持続しないとしても、それだけで味や香りを芸術の定義から除外することはできない。
「私たちは匂いや味を識別し、個別化し、選択し、再訪することができる。たとえその性質上、他の美的注意の対象ほど持続的な経験を必ずしも提供しないとしても、それらは局在化し、特定することができる。」
エミリー・ブレイディ[5]
さらに、持続時間の短さや儚さが、否定的な美的価値であるかどうかについては、まだ判断されていない。
ディアコヌ
Madalina Diaconu[6]
儚さの否定的な意味合いは西洋文化に特有の価値観であり、一般化することはできない
たとえば
ワインは余韻の長さが評価される
日本酒は余韻を残さず消えていくさまが評価される(キレ)
アンディーナやバルベロ、ディアコヌの議論を踏まえると、
味覚の時間性という理論的基盤が不十分であるにもかかわらず、
一方的な価値観に依存し、視覚や聴覚を優先する狭い芸術理論の不適切な適用によって、
味覚は美的地位を否定されている可能性がある。
味覚は直感的に曖昧で、すぐに消えてしまうものかもしれない。
しかし、テイスティングを身体的な技術と考えれば、ダンサーの素早い動きを評価するプロがいるように、熟練すれば短時間に口の中で起こることを正確に知覚できるようになるかもしれない。
不十分なのは、香りの持続性ではなく、口と鼻の中で起こる出来事として匂いを認識する技術かもしれない。
バーナムとスキッレオのRowe 批判
BurnhamとSkilleas[7]、そしてLarry Shiner[8]もまた、味覚と嗅覚の鑑賞における時間的側面の重要性を強調している。
バーナムとスキッレオは、ロウ Rowe[9]の
「ワインには空間的、時間的、あるいは時空的な場に配置された識別可能な部分がない、あるいは知性によるパターンがないため、美的鑑賞には適さない」という考え方に異議を唱えている。
その代わりに彼らは、ワインのテイスティングの時間的側面、すなわち香りの持続時間や変遷が、ワインがどのように「部分」や「知的パターン intellectual patterns」を示すことができるのかについて、具体的な例を示していると主張する。 部分やパターンを示すことは、とらえどころのない香りの認識の契機を示すことであり、批評的レトリックと美的判断の可能性を開くことに寄与する。 シャイナーは、「香水に知的な面白さと感覚的な面白さを与えているのは、その複雑な構成構造が、時間の経過とともに多様な一体感を体験させることにある」と主張する。
サヴァランと袁枚
料理における時間性の重要性は、ブリヤ=サヴァラン[10]や袁枚[11]によって強調されている。
サヴァランは、料理を口にして飲み込む過程で、主に3種類の評価が行われると主張している。
「直接 direct」「完了 complete」「反省 reflective」
18世紀の中国の詩人であり美食家でもあった袁枚は、当時の中国料理を扱った料理書『隨園食單』の中で、料理の提供順序の重要性について論じている。
袁枚は、料理の順序を、
味の濃いものからマイルドなものへ、
塩辛いものから甘いものへ、
汁気のないものから汁気のあるものへと強調している。
この順番は、寿司などでよく見られる、軽い味から重い味へという現代の慣行と矛盾しており、興味深いものである。
ラリー・シャイナーとユリア・クリスコヴェッツ
当然ながら、このような順序やシーケンスの特性は、味だけでなく匂いや香りにもある。
ラリー・シャイナーとユリア・クリスコヴェッツが「個々の自然の匂いにもパターンや構造があり、多くの人工的な匂いは、連続した揮発性によって発展するように意図的にデザインされている」[12]と指摘しているように、食器や盛り付け方法は食べ物に時間性を与え、時間性のデザインは構成やバランスといった美的鑑賞の基礎を提供する。
時間性と料理創作
時間の概念は、料理人に新しい作品の着想をもたらす。
例えば、ドミニク・ブシェ東京/京都の名物料理「キャビアと雲丹を添えた オマールのジュレ」
この料理は、フランスの24時間時計からインスピレーションを得ている。
このデザインは、キャビアをのせたゼリーが時計の目盛りのように並べられ、客がひとつずつ食べていくうちに、時計の表現が徐々に消えていく。
時計を消失させていくという仕掛けが、時間を気にすることなく食事を楽しんでもらうことを意図しているという。
もうひとつ、飲料の例をあげよう。
図1右は「HINEMOS」という日本酒である。「一日のすべての時間」を意味する日本語にちなんで名付けられた酒瓶のシリーズである。このように、時間の概念は前衛的な料理だけにとどまらず、我々の日々の食事のなかにも取り入れられ、日常的な料理や飲物のデザインを豊かにすることにも寄与している。

時間性と芸術の分類
芸術は時間芸術と空間芸術に分類が可能だが、食べるという体験がどちらのカテゴリーに属するかについてはコンセンサスが得られていない。
しかし、スーリオ[13]やデューイ[14]が時間芸術と空間芸術の二項対立を批判したように、味覚や風味の鑑賞もまた、時間的・空間的特性の双方を包含していると考えられる。
香水のトップノートやラストノート、ワインのノージング、ミドルパレット、アタック、フィニッシュに代表されるとおり、味覚や嗅覚には時間的な側面があることは明らかだ。 さらに、ワインやウィスキーの香りは口腔内や鼻腔内に「広がる」と感じられ、その空間的特質を示している。(トッド Todd[15])
嗅覚の哲学と生理学における最近の議論は、時間と空間の構造が香りの質にとって重要な要素であることを示している。
Madalina Diaconu
「五感の美学は位相幾何学的な理論であり、複雑な空間構造と美的価値の要因としての時間性に焦点を当てている」[16]
時間性は食の鑑賞に不可欠な側面であるが、その時間性が何を意味するのか、一杯のワインや日本酒、あるいは一皿の寿司にどのような時間的視点が関わっているのかについての理解はまだ十分ではない。
食の時間性を考察することは、食の美的特質の可能性を発見することによる、より豊かな食の批評に貢献する。
例えば、音楽を時間的芸術形式として言及することで、リズム、テンポ、アタック、ブレイクといった時間性に基づいて食べ物や飲み物を評価することができるかもしれない。
音楽からのメタファーとは別に、味や風味という独特の時間性もあるかもしれない。
しかし、食の時間性を明らかにしようとする場合、単にワインやグルメの批評を集めて分析するだけでは不十分である。 なぜなら、一般的にレビュアーは、時間は直線的に発展すると考えているはずであり、彼らが知らない、あるいは知らない他の時間性に基づいて食体験を論じることは非常に難しいからである。
人間の言語には直線性という制約があり、その内容はその形式で表現できるものに限られる。
その結果、食の表現は暗黙のうちに特定の時間性(つまり直線的な時間)を受け入れることになる。 このような言語や時間概念におけるこの「線形バイアス」に対処しつつ、(Fxyma 2023)では食体験を説明するための時間性の分類を提示した。
パフェとアシェットデセール
アシェットデセールというのは、「皿盛りデザート」と直訳できるデザートの提供方法で、平らな皿にいくつかの素材からなるデザートを配置して提供するデザートである。近年はコース料理として、3〜5皿ほどの皿盛りデザートを提供する店が増えている。
パフェとアシェット・デセールの特権的瞬間
特権的瞬間とは
変化、運動のないところに時間は生起しないのであって、反復の中で変化を与えることは、その時点から過去と未来を生み出すことを意味する。スーリオは造形作品に内在する時間について、その構造が「恒星状で拡散的」であるとして、以下のように主張する。
作品の時間は、いわば、表現された特権的な瞬間を中心に放射状に広がっている。
(作品全体を調和させる中心的瞬間が)構造的な中心となり、そこから、イメージが 徐々に空間に消えていく瞬間まで、心は過去へとさかのぼり、未来へとますます漠然と移動していく。
食べ物の時間においては、地だけでは「無時間」になる。
どんなに優れた味付けの料理も嗅覚の馴化を免れない。
全体としての調和をベースとして、変化点を与えると いうのは、音楽やスーリオの主張する造形芸術をはじめとして、おそらく各種の芸術作品に共通する原理であろう。
この変化点、特異点としての特権的な瞬間を実現するために、刺身でも寿司でも醤油はネタの端のほうにチョンとつけるべきであるし、醤油にわさびを溶かし込むべきではない。
パフェにおける特権的瞬間と 対比
パフェにおける特権的な瞬間はどこか。
パフェは、いちごや桃、チョコレートといった明確な主題が立てられることが基本。
その多くが物理的な構造の最上部、特にグラスの口縁部よりも上部に載せられる。

この位置はパフェ経験の時間としては序盤にあたる。
しかし料理における特権的瞬間は、必ずしもその料理の主題や視覚的な特徴とは一致しない。
刺身におけるワサビ、カレーライスにおける福神漬けのように、香辛料や副菜が一つの料理の中で特異的な変化点をもたらし、特権的瞬間として機能することは珍しいことではない。
従ってパフェにおいても、上部(序盤)において主題が提示されたあと、グラスの本体部分を食べ進めていく中盤に、食べ飽きずにリズムをもたらすために特権的瞬間をデザインすることが求められる。
パフェにおいて特権的瞬間はミントなどのハーブ、温度変化、テクスチャ、味の濃さなどの変化と対比でもたらされる。
温度の対比
舌の感度が低いと味を感じづらい(感覚の閾値が上昇する)ため、大型のデザートであるほど舌の温度のコントロールが必要になる。
冷えた舌の温度を回復させるには、時間をおく、温かい飲料を飲むなどの方法が考えられるが、常温に近い素材や、熱伝導率の低い素材を提供することも効果的である。これは古典的にはアイスクリームとウエハースの組み合わせであり、パフェにおいてはコーンフレークが用いられることも多い。
パフェの場合は、狭く閉ざされた一つの空間に異なる温度の素材を収めることは難しい。
一方、アシェットデセールは、皿の上で距離を離して並べることができるため、温度の高いものと低いものを同居させることができる。あるいは、アシェットデセールのコース料理(例えばアンソレイユやリッシュ ユイット、ヴェールなどの専門店)[17]のように、冷たいデザートと温かいデザートを交互に出すという展開も可能である。



フレーク
パフェにはフレークや砕いたクッキー、クランブルといった、乾燥した素材が用いられる。スペシャリティパフェにおけるフレークは単なる安価な嵩上げではなく、いくつかの効果が期待される。
・舌表面の温度の回復
・果物やクリームにはない硬質な食感をもたらす
・水分のコントロール
・層の間の断熱材
・ガラス面に密着しないことによるVoidの演出

これらの効果はどれも、素材間の対比を生み出し、特権的瞬間を生起させる可能性をもつ。
最深部の設計
パフェ容器の最下部(底部)は、大きく分けるとV字とU字に区別される。この区別は、線形時間の最後をどのように締めくくるかに関わる。底部によく配置される素材は、果物のジュレ、ピューレ、ゼリー、フルーツやチョコレートのソース、フレークやクラストなどである。
フルーツジュレやピューレはジャムのように味が濃く、序盤に置かれることの多いメインを再帰的に総括するという意味を持つ。
ただし甘みが強いために多くの量を提供することは難しく、V字の底部をもつパフェ容器が適する。
一方、底部がU字の容器では最下部の要素の量が多くなるため、ジュレと比べて味が淡く、爽やかなゼリーやジュレ、果肉、ヨーグルトなどを配置することが多い。
一番下がジャムだとしたらとんでもないことだ

最下部の素材は、線形時間の最後であり、そのパフェ全体の総括である。
たとえば、いちごのパフェの最後にいちごのソースを食べることで、ひと口目の味わいと最後の味わいに統一感が出る。
セオリーとは逆に、タカノフルーツパーラーではV字型の底部にゼリーを入れ、さっぱりとした後口で終わるようにする。これはゼリーの中には小さく切ったフルーツを入れ、最後のひと口がフルーツで終わるようにするため。[18]

https://takano.jp/parlour/standardmenu/
パフェの持つ時間
パフェは基本的には線形の時間性であるが、
最後のひと口が最上部の主題と関連する味であることによって、反復性をもった円環時間がもたらされる。
おわりに:制約が生む時間性
人間の認知に関する制約
一つは記憶であり,もう一つは口腔の容積
自然知能では,記憶(短期記憶,長期記憶, 感覚記憶)の制限によって,過去の刺激を今,ここにおいて全く同じ刺激として再現することはできない.
記憶は減衰し,編集される.有意味な記憶は強化される.
もし人工知能のように(学習によってモデルを更新し ていくような機械であっても),10 年前のワインのセ ンサデータと,目の前のワインのセンサデータを等質 に扱うことができれば,そこに時間は介在していないことになる.
10 年前と昨年と目の前のワインが「等距離」であり,今ここにすべてが「同時炳現」する,井筒の言う華厳的な非時間の実現と言っても良い.
したがって,機械が味を鑑賞するのならば,基本的には点時間の鑑賞ということになると私は考える.
もう一つ,口腔の容積(と消化管の管構造)は,物理的な制約である.
握り寿司 10 貫が線形構造となるの は,1 貫ずつしか口に入らないからである.
もし大きな「口」のある機械であれば,寿司 10 貫を同時に,点時間として鑑賞することができる.
それは 1 貫ずつ展開する時間とは全く異なる鑑賞体験になるはずである.
このように,味の鑑賞においては,認知的,あるいは 身体的制約によって時間性が意味を持ち,その時間性は注意と焦点化によって複数の性質として認識される.
対象が持つ構造の制約
パフェは基本的に上から順番に食べる、線形の時間と言えるが、その中でも素材の組み合わせによる対比や、最深部の仕掛けによる反復の示唆によって、部分的に円環的な時間性が生起する可能性がある。
一方アシェットデセール(皿盛りデザート)は、デザートの構成要素を食べる順番が食べ手に委ねられており、線形なシナリオがなく、反復的に様々な要素を味わうことができることから、円環的な時間性を帯びる。




休日喫茶室
1.ゴボウの自家製パンナコッタに紅まどんな(みかん)と寒天を重ねて。2.パイとチョコクリーム、ラズベリーとライチのソルベなどをのせたイチゴのパフェ。3.フルーツトマトとイチゴのガスパチョスープ。4.モンブランのタルト、グーズベリーと白餡の最中、ゴルゴンゾーラチーズのチョコレート。全皿にペアリングのドリンク付き、アルコールに変更も可。(※1と2の間に肉or魚介の料理と、米料理の2品が入った全7品で構成)
こうした時間性をもたらすのは、パフェにおいてはグラスの形状による、上部から順に食べるという構造の制約であり、またアイスクリームや生クリームが時間とともに溶けるという制約である。さらに、スプーンの大きさと口腔の大きさという制約は、料理を小分けにして摂取するという時間性をもたらす。
この他にも、冷たいものを連続して食べると甘みを感じにくくなるといった生理的な制約や、複数の要素の味を感じ分けることができるかという、味覚識別能力上の制約があり、あるいは1皿目の味を5皿目まで覚えていられるかという記憶の制約もある。このような制約は、冷たい素材の間に常温の素材を要求したり、あるいは複数の味が識別できないときには同時に提示せずに要素間の時間を開けることで区別するなどの工夫を要求する。
パフェやアシェットデセールは、このような生理的、心理的、身体的な制約と、容器や温度といったデザート自体のもつ物理的な制約が、時間性という鑑賞の契機をもたらすと考えられる。
展望:パフェとアシェット・デセールの経験をグラフで描きたい
私は、ワインが持つ性質である味と、対象が持つ経験であるテイスティングを区別 することにする。
バリー・C・スミス https://philpapers.org/rec/SMIMOW
ワインのテイスティングとは、私たち一人ひとりが個人的にワインの味と出会う方法である。
パフェという現象が動的に構成されていく
パフェの構成は一方にあるが、ストーリーボードはそこではない
料理は皿の上で完成ではない
作家は可能性を提示する
食べるまで何も起きていない(閉じられた本が置かれているだけ)
「お化け屋敷モデル」(福島2022, Clear is Sweet)

食べることで可能性がその場限りの経験として固定され、顕勢化する
現象がスタートで、遡って作家の提示した可能性をうかがい知る
謝辞
本研究の一部は科学研究費助成事業 (20K20127)の助成による。
[1] V-fold style:ピザのピースのクラスト部分を半分に折ってV字型にする。turn-over style:ピザの三角形の頂点をクラストに向かって折る。
[2] 味や風味が哲学的に軽視されるようになった背景については、最近のバーウィッチの著作で詳しく論じられている:A. S. Barwich, Smellosophy: What the Nose Tells the Mind (Harvard University Press, 2020
[3] Sibley, “Sibley2001.”
[4] Andina and Barbero, “Can Food Be Art?”
[5] Brady, “Smells, Tastes, and Everyday Aesthetics.”
[6] Diaconu, “Reflections on an Aesthetics of Touch, Smell and Taste.”
[7] Burnham and Skilleås, The Aesthetics of Wine.
[8] Shiner, Art Scents.
[9] Rowe, “The Objectivity of Aesthetic Judgements.”
[10] Brillat-Savarin, The Physiology of Taste: Or Meditations on Transcendental Gastronomy; Introduction by Bill Buford.
[11] Liang, “A Recipe Book for Culture Consumers: Yuan Mei and Suiyuan Shidan.”
[12] Shiner and Kriskovets, “The Aesthetics of Smelly Art.”
[13] Souriau, “Time in the Plastic Arts.”
[14] Dewey, Art as Experience.
[15] Todd, The Philosophy of Wine.
[16] Diaconu, “Reflections on an Aesthetics of Touch, Smell and Taste.”
[17] 柴田書店. 皿盛りデザートとパフェ.
[18] 富田佐奈栄, パフェの教本 = The Textbook of Parfait.
参考文献
Andina, Tiziana, and Carola Barbero. “Can Food Be Art?” The Monist 101, no. 3 (2018): 353–61.
Brady, Emily. “Smells, Tastes, and Everyday Aesthetics.” In The Philosophy of Food, edited by David M. Kaplan, 69–86. University of California Press, 2019. https://doi.org/10.1525/9780520951976-005.
Brillat-Savarin, Jean Anthelme. The Physiology of Taste: Or Meditations on Transcendental Gastronomy; Introduction by Bill Buford. Everyman’s Library, 2009.
Burnham, Douglas, and Ole Martin Skilleås. The Aesthetics of Wine. 1st ed. Wiley, 2012. https://doi.org/10.1002/9781118323878.
Dewey, John. Art as Experience. Perigee trade paperback ed. A Perigee Book. New York, New York: Berkeley Publ. Group, 2005.
Diaconu, Mădălina. “Reflections on an Aesthetics of Touch, Smell and Taste.” Contemporary Aesthetics 4, no. 8 (2006).
Liang, Yan. “A Recipe Book for Culture Consumers: Yuan Mei and Suiyuan Shidan.” Frontiers of History in China, 2015.
Rowe, M. W. “The Objectivity of Aesthetic Judgements.” British Journal of Aesthetics 39, no. 1 (1999): 40–52.
Shiner, Larry. Art Scents: Exploring the Aesthetics of Smell and the Olfactory Arts. 1st ed. Oxford University Press, 2020. https://doi.org/10.1093/oso/9780190089818.001.0001.
Shiner, Larry, and Yulia Kriskovets. “The Aesthetics of Smelly Art.” The Journal of Aesthetics and Art Criticism 65, no. 3 (2007): 273–86.
Sibley, Frank. “Tastes, Smells, and Aesthetics.” In Approach to Aesthetics: Collected Papers on Philosophical Aesthetics, edited by Frank Sibley, John Benson, Betty Redfern, and Jeremy Roxbee Cox, 0. Oxford University Press, 2001. https://doi.org/10.1093/0198238991.003.0015.
Souriau, Etienne. “Time in the Plastic Arts.” The Journal of Aesthetics and Art Criticism 7, no. 4 (1949): 294–307.
Todd, Cain Samuel. The Philosophy of Wine: A Case of Truth, Beauty, and Intoxication. Montréal [Québec] ; Ithaca [N.Y.]: McGill-Queen’s University Press, 2010.
富田佐奈栄. パフェの教本 = The Textbook of Parfait: 定番から最新まで. 旭屋出版, 2020.
皿盛りデザートとパフェ. Tōkyō: 柴田書店, 2022.
