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エンハンスメントとは

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English Translation HERE

関連講義資料
・味覚のエンハンスメント
・先端テクノロジーによるエンハンスメント,脳科学エンハンスメント

目次

エンハンスメントとは

今年の運動会,かけっこでは絶対に1位になりたい!
何をしてもいいなら,何をしますか?

エンハンスメントというのは,簡単に言うと,人間の能力を高めるための介入のことをいいます.
(ここでの「介入」に悪い意味はありません)

足をけがしているのであれば整形外科的な手術をするかもしれません.
腰が痛いので,コルセットを巻いてみましょうか.物理的エンハンスメントです.

「何をしてもいい」わけですから,レッドブルを飲むのも,痛み止めも,ドーピングもOKです.
科学的エンハンスメントです.

応援歌を聞いてテンションをあげますか? 心理的エンハンスメントです.

エンハンスメントは特別なことではありません.先進的な技術によらなくても,「前日早く寝る」というのもエンハンスメントになる可能性があります.

なお「相手を転ばせる」などは,強化・改善ではないためエンハンスメントにはあたりません.ただの妨害です.

エンハンスメントの分類

エンハンスメントとは
広義には,外的な働きかけによって人間の能力(認知能力,知覚能力,運動能力など)を向上,強化させること.
近年注目される狭義の意味合いでは,先端的な技術,テクノロジーを用いて人体に介入することを指す.

エンハンスメントの分類

強化する対象による分類

身体能力へのエンハンスメント
肉体の運動能力,耐久力向上が目的.
ドーピングが代表的.成長ホルモンによる身長促進,筋肉の耐久性向上など


疾病時:身体的な損傷の回復
健康時:怪我の防止
優秀化:筋力の増大など

認知能力へのエンハンスメント
認知能力(記憶力,集中力など)の向上が目的.


疾病時:向精神薬の投与(ADHDへメチルフェニデート投与,ナルコレプシーへのモダフィニル投与など)
健康時:記憶力の維持
優秀化:メチルフェニデートの適用外投与(試験前に集中力を高めるなど)

認知能力エンハンスメントの一種として,性質・行動(ADHD,うつ病など)への治療もある.

手法による分類

物理的エンハンスメント

脳治療 ,BMI(Brain Machine Interface),ロボトミーなど

科学的エンハンスメント
化学薬品,薬物,アルコール,カフェイン,ドーピングなど

心理的エンハンスメント
・カウンセリングによる医学的介入
・教育,コーチングにおける「声掛け」指導

励まし,プラシーボ効果,お守りなども心理的エンハンスメントとして考えることができます.
教育学との関連では,動機づけ理論,自己決定理論などが関連します.

エンハンスメントは上記の3つに明確に区分されるわけではありませんし,複合もあります.
社会人向けの英語レッスンで,少しアルコールを飲むとコミュニケーションがうまくいく,という例は,科学的エンハンスメントによる心理的な効果ということになります.
人間は単純なシステムではないので,多くの場合,ある介入は複合的な効果を生みます.

倫理的な基本課題

基本的に,倫理的な問題の対象となるのは,健康を回復・維持するために必要なものを超えて,
つまり医学上の必要以上に,人間の形態または機能を改善するために使用される生物医学的介入です.
近年では倫理課題はより複雑化していますが,基本的な課題を確認しておきましょう.

戦争での身体的な損傷を修復するための整形技術 →  美容整形
視覚障害を人工網膜によって回復        →  + 録画機能 

医学上必要な技術と,肉体の強化技術には線引きが必要でしょうか?

アンダーソン(1989)は,医学的な介入,治療と「強化技術」は線引きできないと指摘しています.

例えば足首を強化する手術を使用して自転車レーサーの競争力を向上させると、「強化」の懸念が生じます.
しかし,その手術は,自転車に乗る人の足首の負傷の治療としては問題ありません。

つまり「強化技術」というもの自体はないのです.
ある生物医学的介入が「強化」としてみなされるかは,技術がどのように使用されるかによって異なります

倫理課題

以下の事例の倫理課題についてディスカッションしてみましょう.
ConとProそれぞれの論拠を出して,説得力のある主張を行いましょう.(ハーフディベート形式)
→それぞれの論文は,どのような議論展開をしているか確認してみましょう

  • 美容整形と身長を上げるための生合成成長ホルモンの使用(Miller、Brody and Chung、2000; Little、1998; White, 1993; Conrad and Potter, 2004)
  • 「血液ドーピング」とステロイドの使用により,運動の持久力と体力を改善する(Miah 2004; Murray 2009; Tolleneer, 2013)
  • 記憶力を高め、気分を高め、認知能力を向上させるための向精神薬的アプローチ(Elliott 1998; Whitehoust, et. al., 1997; Sandberg 2011; Glannon 2008; Levy, Douglas, Kahane, et. al. 2014a; Duncan 2016; Earp 2018)
  • 人間の寿命を延ばし、新しい感覚運動能力を獲得し、「道徳的強化」を通じて、より平和で寛大な、そして公正な方法で一緒に暮らすための潜在的な遺伝的および神経学的操作(cf. Savulescu, Meulen and Kahane 2011; Harris 2016; Wiseman 2016; Johnson, Bishop and Toner 2019)

この他にも,倫理的・哲学的な課題はたくさんあります.
・正義と公正の問題(試験前の薬物摂取は不公正か,集中して個人の趣味に取り組めることは不正義か)
・医療化の問題:本来医療による改善が必要ないものを医療化することで薬剤への依存度が増す(うつなど)
・共犯(ルッキズムへの医療の加担)
・アイデンティティの問題(本当の自分とは)
・人間の多様性と偶然の要素の損失
・優生思想とのつながり
など

エンハンスメントとテクノロジー

一般的なメガネや,小学生に大人気のスニーカー「瞬足」も物理的なエンハンスメントですが,
テクノロジーによる物理的エンハンスメントが注目されています.

先端技術的によるエンハンスメントの3つのカテゴリ
・遺伝子の組み換え
・人工知能の応用
・ネットに接続した機器を身につける(IoB, Internet on body)

といったものがあります.

遺伝子の組み換え
例えば,将来的に遺伝性の病気になる可能性がある人に対して,遺伝子操作を行いリスクを低減させる

人工知能の応用

IoB(インタネット オン ボディ)
ウエアラブル(装着型)やインプラント(埋め込み型)によって機器を身につける.
電子補聴器など既存のデバイスがインターネットにつながることがスタート.

英語では,ランドという非営利の研究組織のリサーチレポートがかなり詳しく近年の動向を紹介しています.

ランドのリサーチレポートでは特にエンハンスメントの軍事利用からの転用についてリサーチされています.
軍事利用であれば一般人の生活には関係なさそうですが,GPSや衛星マップ,ドローンなど今では身近なものも,もとは軍事利用です.

例えばリサーチレポートでは,遺伝子編集について以下のように指摘しています.

遺伝子編集が信頼できるHPEモダリティとなるには、少なくとも10年はかかると思われる。
当初は疾病を回避あるいは軽減する可能性によって推進されたが、遺伝子編集によって特定の身体的特性(例えば低酸素レベルに対処する能力)を育成し、戦闘員を支援することができるだろう。
遺伝子編集には安全性と倫理的な懸念がつきまとうが、中国は国家安全保障と名声のために関連するバイオテクノロジーに多額の投資を行っていることが知られている。

Blumenthal, Marjory S., Alison K. Hottes, Christy Foran, and Mary Lee, Technological Approaches to Human Performance Enhancement. Santa Monica, CA: RAND Corporation, 2021.

いつ実現するのか

遺伝子,AI,そしてIoBという3つのカテゴリーのうち,最も早期に実現されるのは,デバイスを身に着けたり埋め込むというIoBのテクノロジーです.

今後3〜5年の間に、ウェアラブルの種類は増え、インプラントできる技術も進歩するとされています。

味覚は感覚器官が環境に露出しておらず口中にありますので,テクノロジーによるエンハンスメントをしようとすると,このウェアラブルあるいはインプラントが必須となります.

技術的な課題として,現在はデバイス同士がインターネットのサーバを経由してやり取りしていますが,
今後はピアツーピア(サーバを経由しない機器間での直接のやり取り)でのネットワーク構築の可能性も広がります.

参考になる資料

Stanford Encyclopedia of Philosophy: Human Enhancement

RAND Research report: Technological Approaches to Human Performance Enhancement

分野の基礎文献

Parens, E., 1995. “The Goodness of Fragility: On the Prospect of Genetic Technologies Aimed at the Enhancement of Human Capacities”, Kennedy Institute of Ethics Journal, 5(2): 141–153.

Anderson, W. F., 1989. “Human Gene Therapy: Why Draw a Line?” Journal of Medicine and Philosophy, 14(6): 681–693. 医療技術と人間強化技術の線引きについて

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