専門分野
味と香りの美学
知能情報学
記号論,意味論,意味づけ論,語用論
日本語教育
所属学会
・人工知能学会
・認知科学会
認知科学・知能情報学を先導する美学
現在の研究目標は、「味わう」エージェントの工学実現に向けた、主観的な現象としての味の認知モデルを提案することです.
AI全盛の時代ですが、味や香りに関しては人間を超えるレベルのセンサーはあるものの、「味わうAI」は実現されていません。
問題はセンサーではなく、味や香りを説明する思想・哲学の不足にあります。
味わうAI実現のためには、まず人間の「味わう」経験とはどのようなものかを、説明しなければならないと考えています。
味の科学的分析は「食べる」経験の分析にはならない
センサーで「測る」だけではわからない
何かを「味わう」という経験がどういうものかの理論が無いと、「食べる」「味わう」「賞味する」という経験の分析ができない
認知科学、知能情報学で人が「食べる」経験を扱うために、美的経験や鑑賞といった美学の理論を参照しています

機械で分析したら同じ「味」だが…
たとえばピザは持ち方によって「経験」が変わる
握り寿司と海鮮丼は異なる「経験」
こうした経験の差異はどのように分析できるのか?
たとえば:時間性に注目
いままで食べることの「時間性」の理論は存在していませんでしたが、時間の観点を導入することでより精緻に喫食経験を記述することができます。
上の図のピザも、持ち方の違いは時間性の違いとして記述することができます。
「食べる」は4つの時間相で構成されている(Fxyma, 2023)
・無時間(時間が意識されていない)
・線時間(不可逆で一方向)
・円時間(反復し,循環する鑑賞)
・点時間(すべてが同時に同空間に現れる,凝縮した時間)
線形時間:握り寿司
・「寿司は左から食え」
・不可逆で反復のない時間
円環時間:ちらし寿司
・具材の順序が先験的に決まっていない
点時間:巻き寿司
・すべての要素が同時に,同空間に現れる
(無時間)
・ シャリだけ,サーモンだけとか
例題として、寿司、日本酒、コーヒー、パフェやアシェットデセールなどの美的経験における時間的性質を分析しています。






詳しくは↓

言語表現の研究
味の言語表現の2つのモード
・評価、分析のための表現 (「正解」や共通理解がある表現)
・発見、探索のための表現 (自分にだけわかる、自分の感覚を拡げるための表現)
ワインでおなじみの○○の香り、〇〇の香り…というのは分析のための表現です。
私が注目しているのは主観的な、感覚の発見と探索のための表現で、こちらはまだまだ研究が十分ではありません。
ことばの意味は対象やコミュニティに依存する
透明な
透明な酒質(日本酒)
透明感のあるコーヒー
日本酒の文脈の共起関係を調べると

普通の辞書には載っていない 透明な の意味
それぞれの言葉には役割がある

この分析をもとにすると、全く新しい味わい用語の事典を作ることができます。
「透明な」の例はこちら(noteにリンクします)
なぜことばにするのが難しいのか
1.ことば(単語)の不足 (言語による)
2.認知能力の不足 (個人による)
3.味わうことへの理論、思想が無い (だから美学から知性にアプローチする)
人類は、まだ味わい方を知らない
例えば「時間性」が大事だということが理論化されていない
「味覚センサーには時間性がない」
「AIは人間の味わいを理解できない」
だけど…
❌ センサーが未発達、分析方法が未発達 (科学レベルの原因)
✅ 時間が大事だと理解していない。味の時間的性質 Temporality を科学者が知らない。
味わうとはどういうことか?に関する思想の不足
技術の不足ではなく、技術や科学を先導する哲学の不足
パフェをミキサーでごちゃまぜにするのは、全部の音を一気に鳴らして「分析」するようなもの
それはさすがにダメだと分かる
音楽ならどうするか
→ 拠り所となる音楽の時間理論がある(思想)
→ 何を分析したら良いかが分かる (科学)
→ 具体的な作品の分析
味覚の意味論を美学領域に展開する
現在は料理および飲料鑑賞の時間的性質と空間的性質について,日本酒やワインをめぐる言語分析,
談話分析を切り口としたモデル化を試みています.
時間的性質については,東洋思想を導入した理論化に挑んでいます.(解説記事はこちら)
一杯の酒について,対象の持つ時間,認知の時間,現象の時間の三分類があり,
さらに現象の時間は線形,点時間,回帰的時間,無時間の四類型があることを料理鑑賞と言語表現の事例からモデル化しています.
今後,空間的性質についても,物理空間ではなく口中の認知的空間についてモデル化を試みます.
感覚エンハンスメント
エンハンスメントというのは聞き馴染みのない言葉かもしれません.
日本語では「増進介入」といいますが,見えづらいものを見えるようにしたり,聞きやすくしたり,人間の知覚・運動・認知能力を向上させる技術のことです.
身近なものではメガネや補聴器など(物理的介入)があります.
(この講義資料で解説しています)
私の研究では,言語を切り口に味覚のエンハンスメントを行っています.
現状では「舌につけるメガネ」のような物理的介入は,技術的にほとんど実現されていません(理論背景を含めて,進行中の研究課題です).
そこで,「(メガネをかけたように)味がわかる」ようになる,心理的な介入を研究しています.
- 食器の色や形、素材の工夫、食品テクスチャの変化で時間性を生み出し、食経験を向上させる
- 摂食補助の際にVRでより豊かな食事場面を再現しながら提供することで、レストランやキャンプ、家族で食べているような雰囲気を演出する
- 「食の時間的性質」の知見から、きざみ食やソフト食においてスプーン型デバイスにより経時的変化点(テクスチャの変化点)をつけることで食経験を豊かにする
非言語的表象:味イメージの描画生成課題の開発
感覚を言語化することが困難とされる味覚について,言語によらない美的体験のアウトプット(美的鑑賞)として,味のイメージを非言語表象で表現する方法を開発しています.
従来,味のイメージを問う心理実験は,強制選択式により行われてきました.
これに対し,本研究では被験者が感じた味わいを描画によって表す生成式の課題を特徴とします.

この研究は科研費課題として進行中ですが,パイロット研究の結果として,日本酒の味に関して下のマトリックスに表されるような,味と形の対応関係が示されました.
結果の詳しい解釈はこの論文に書いています.

フレーバーホイールの再発明
味の表現支援の一つの取組みとして,「フレーバーホイールの再発明」を行っています.
ネーミングは「車輪 wheelの再発明」から来ています.センスあふれるタイトルだと思っていますが,発表でウケたことはありません.
従来のフレーバーホイールは,[果実→シトラス→レモン]といような従来の分類学的かつ階層的な構造でした.

しかし視覚と異なり味覚や嗅覚は階層的な認知をしていないので,
分類学的な構造よりも感覚に寄り添った形式があるはずです.
そこで提案したのは,日本酒の味を言葉で表現した文書に出てくる単語の,
共起関係のネットワークをもとにした新たなフレーバーホイールです.
共起関係というのは,「文の中に一緒に出てくる」ということです.
「川」と「どんぶらこ」のように,一緒に出てくる頻度が高いものを近くに並べてあげます.
共起関係が強いということは,似たような性質の香りということですので,
「桃の香りがした」と思ったときにその周りの語を見てみると,さらに適切な表現が見つかるかもしれないという仕組みになっています.
ネットショッピングで見かける,「こんな商品もいかがですか」の仕組みに似ていますね.



日本酒味わい関係図式
「日本酒味わい関係図式」の研究は,動詞に着目した言語化支援の取り組みです.
動詞は動きや様子を表すので,事典のような言葉での説明よりも,視覚的に表現したほうがわかりやすいです.
ということで,味の感覚と言葉を橋渡しする中間言語としてのイメージ図式を提案しました.
「日本酒味わい関係図式」は動詞概念を2次元の抽象スキーマ図にしたものです.
それぞれの図は動詞のグループを図にしたもので,味わいのイメージを図で探すと,ぴったりな動詞が見つかるという仕組みになっています.
詳しくはこの本を見ていただけますと幸いです.
この研究は,味覚言語化の支援方略として媒介的記号を用いる言語工学的手法が評価され,
人工知能学会研究会優秀賞(JSAI Incentive Award)を受賞しました.


味覚の言語表現の語用論・意味論
味覚の美的用語
「コク」という語は日本酒では「甘味と旨味の複合体」を,コーヒーでは「苦味と焙煎味の複合体」を指すように,味覚表現の特性は,語の指示対象や意味が対象物に強く依存することにあります.
最近はコーパスを活用した研究により,対象語の共起語をその語の意味としてみなす「用法基盤アプローチ」を提唱し,文脈に依存した多義構造を分析しています.
例えば「透明は甘い」という論文では,日本酒の表現で日本酒において「透明な」という表現が,共起語を分析することで「甘み」「軽さ」などを意味するということを明らかにしました.
「透明な」という言葉の辞書に載っていない意味を,共起関係から明らかにすることができた点で画期的なものだと思います.
同様に,動詞の美的表現の意味を用法基盤アプローチによって明らかにした,こちらの論文があります.

この一連の研究では,特定の語が味覚鑑賞の美的用語として成立する背景に,基盤にメタファ化と言語コミュニティの慣用化の2段階による語義拡張があることを示しています.

この,日本酒の味わいを表現するという課題は2014年頃から取り組んでいるもので,ワインと比べて言語表現の乏しかった日本酒業界に,魅力的な味わいを表現する言葉をもたらす先進的な取り組みとして評価され,グッドデザイン賞(研究手法部門)を受賞しました.
今後は,味やかおりの美的質を表現,味の鑑賞を可能にする語彙(美的用語)の研究に展開していきます.味やかおりは伝統的には美学の対象とされていないことから,美学の新分野を開拓することが期待されます.
音象徴語(オノマトペ)の語用論・意味論
従来の音象徴語研究では,特定の語の意味を辞書的に記述しようという試みや,
音韻がどのような心象を喚起するか( Z 音が摩擦など),
あるいは語型(ぷっくり=語末リ型など)に意味を求めるという議論が主流でした.
こうしたアプローチはいずれも,各音象徴語自体に,すなわち語の内部に意味の所在を求めるものです.
一方,私は音象徴語の機能面に着目します.
音象徴語が特定の文脈,特定の言語場における他の語との共起関係の中で,
何を表現するために用いられているかを解明し,オノマトペの使用機序を明らかにする研究を行ってきました.
日本酒・ワイン・香水などの雑誌・書籍のレビュー文を100万語レベル(世界最大レベル)のコーパスとして収集し,
オノマトペがどのような語と共起しやすいかを調査しています.
本研究も進行中の課題ですが,現段階での分析の結果として,味覚表現におけるオノマトペの使用原理は
①味の出現や消失を表現する,
②個別具体的な味ではなく,やや抽象的な味を表現する,
③味の状態よりも変化を示すために用いられることを明らかにしました.
英語の論文はこちら,日本語の論文はこちらです.
英語の論文では一般的なコーパスに見られるオノマトペとの比較を行っています.
日本語教育
近年、SNSを通じた多言語情報への接触が一般化し、言語学習の動機が多様化しています。
日本語を学んでいるという意識はないけれど、日本語のコンテンツを享受している人がいます。
また、YouTubeなどで日本語を手軽に学ぶこともできるようになってきました。
こうした状況では、言語教育機関にいる学習者ではない、潜在的な「学習者未満の学習者」が増えていることが予想されます。
この学習者未満の学習者にも広がりをもった日本語教育を提供することを目標としています。

研究プロジェクト
YouTube ラーニングシステム
学習者が自分の好きな日本語のYouTube動画を見て、その動画で使われている語彙や文法を学習できるシステムを開発するものです。
詳しくはこちらの発表資料をご覧ください(一部英語)

語彙指導へのコーパス活用
特定目的の言語教育における、領域ごとの用法や文法出現頻度を分析し、特に形容詞や非自立語のレベルでの差異を検討することで、日本語教育の新たなアプローチを提供します。
VR・仮想空間での言語学習環境構築
仮想空間での言語交流システムを構築しています。仮想空間での言語学習は、アバターによる匿名性が外見や年齢、性別などに起因する間違いの恥ずかしさや発言への恐怖を軽減し、自己開示的なコミュニケーションを促進すると考えられます。また言語使用場面を空間再現できることから、有意味で白けないロールプレイングが可能となります。
言語学習と味の表現の関係?
大学の学部生のときには,第二言語習得(英語教育など)の研究を行っていました.
いまでも,味覚の研究にプラスして日本語教育が私の専門分野です.
日本酒を題材とした味覚・嗅覚の研究も,学部生のころから行っています.
日本酒と英語教育と言うとまったく異なる分野のように思えますが,実は密接な関係にあります.
第二言語学習の理論を感性・知覚情報の言語化に応用する
簡単にいうと,知覚情報(味覚で感じたこと)が言語記号(ことば)あるいは非言語的記号(ことばではないイメージ)とどのように結びつくかを,味覚と嗅覚を対象に扱うものです.
言語獲得(赤ちゃんが言語を話すようになること)は乳幼児を対象として個人内で言語がどのように発達するかを研究します.
しかし研究の難しさとして,「何を考えているか」「なぜそのおもちゃをブーブと言ったのか」を内省的に報告させることができません.
少し専門的に言うと,「被験者のメタ認知的報告の難しさ」ということになります.
この難点を克服するために,私は味やにおいの言語表現に着目しています.
味やにおいは,感覚を言葉にすることが困難です.
しかしソムリエのように言語化の熟達は可能であり,さらに相手が大人なので,もやもやした感覚をなんとか言葉にする過程を内省的に報告させることができます.
メタ認知できる成人を対象に,味覚・嗅覚の言語化熟達プロセスを分析する、
言語獲得および感性コミュニケーションに関する新たな知見をもたらすものです.
感覚エンハンスメント,音象徴語の意味機能の分析,言語記号と非言語的記号との組み合わせによる味わいの表現などを実施しています.