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味わいの鑑賞における重層的な輪廻の時間

以下は2022年3月「人工知能学会 ことば工学研究会」における発表資料です.
現在は本発表での主張を若干修正し,食べ物には「線時間・円時間(輪廻,回帰的時間)・点時間(マンダラ的時間)」の3つがあるという考えをもっています.

目次

芸術のジャンルと時間性

時間芸術と空間芸術

時間的性質tempolarityに着目した芸術の分類方法

時間芸術:時間とともに展開する音楽や演劇
空間芸術:絵画や彫刻,建築などは鑑賞中に劇的に変化することがない

ラオコーン論争

レッシングはラオコーン像の批評において,
「詩は画のようにut pictura poesis」という格言で表されてきた,
詩と絵画を一体視する伝統に異を唱えた

レッシングは,
物語の決定的な瞬間を描く視覚芸術(空間芸術)と,
物語の継続的な行為を描く言語芸術(時間芸術)を区別

二分法への批判

時間芸術と空間芸術という二分法は
スーリオEtienne SouriauやデューイDeweyにより批判されている

スーリオ

『諸芸術の照応』において,
時間芸術と空間芸術をはじめとしたあらゆる二分法的分類を批判

諸芸術を照応,つまり共通する構造によって並列に分析する.

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)

スーリオはTime in the plastic artsにおいて,
絵画や彫刻作品の鑑賞において,(音楽や小説と同様に)時間的性質が本質的な意味を持つことを論じている

デューイ

すべての芸術はリズムを持ち,
時間的性質は五大芸術(建築、彫刻、絵画、音楽、文学)に通底する構成要素

本研究の目的

スーリオやデューイの考えを擁護
味や香りの鑑賞についても,時間的性質と空間的性質の双方を持ちうるものと考える

味や香りの時間的性質
・香水の「トップノート/ラストノート」
・ワインの「後味(アフターフレーバー)」
に代表されるように,時間的性質があることは想像に難くない

空間的な性質
・ワインやウイスキーのフレーバーは口腔と鼻腔の空間において展開
・ウイスキーに一滴の水を垂らすと香りが広がる
空間的性質もありそう

ただし,一杯の酒の鑑賞において
どのような時間的性質temporalityが関与しているかについては明らかではない
どのような時間観が味わいの鑑賞に求められるかも論じられていない

本研究は料理や飲物を美学の対象として論じ,美的な鑑賞の対象として扱う上での基礎を提供する

対象の持つ時間・身体的な認知の時間

味わいの鑑賞をとりまく3つの時間相

対象の持つ時間

・ワインのヴィンテージなど

身体的な認知の時間

・食べ物や飲み物を口にしてから飲み込むまでの時間
・内臓感覚と学習
・食物・飲料の影響を受けている時間(酔い・カフェインなど)

身体的な認知の時間は,現象の時間と対をなす

現象の時間

・主に心の時間
・対象の意味づけと解釈に関わる時間
・形而上学的な時間を含む

身体的な認知と現象の時間は用語上は対をなしているが,
対象の意味付けと解釈は身体性をもちうるために,
両者は排他的な概念ではなく,相互に関連する概念

以下,本節において列挙する対象の持つ時間と身体的な認知の時間の各項目は,味の鑑賞における時間性としては基本的なものであり,網羅的なリストではない.また,本節の目的は,本節に筆者の新たな主張はほとんど含まれていない.発表においては時間の都合により割愛する.

対象の持つ時間とは

酒が内包する時間

  • ワインのヴィンテージ(数年間)
  • 日本酒の瓶詰めされてからテーブルに載るまでの時間(数日~数ヶ月)
  • 開栓されてからグラスに注がれるまでの時間(デカンタージュ,数分~数十分)
  • グラスに注がれてから口に入るまでの時間(数分)など

身体的な認知の時間の具体例

現象の時間

本節のねらい

時間的性質の第三,現象の時間について,円環的な時間観を導入することで味の鑑賞を説明する.
なお本稿で行うのは現象の時間の性質の説明であり,ワインや日本酒といった具体的な対象について,どのように鑑賞するとどのような鑑賞の結果が得られるかかという主張は行わない.

線形の時間

時間を過去から現在を経て未来へと(一方向に)流
れるもの,川の流れや飛ぶ矢のメタファとして捉えら
れる時間

線形の時間の見方では,時
間は不可逆であり,測ることができ,秒単位のように
単調,均質に増加(変化)する

線形の時間

左から右に向かって時間が展開する構成
図の下端には水平方向の軸(x軸)として経過時間(秒)が示されている
ワインのフレーバーが口中でどのように展開するかを描いたものであり,味の表現事例として興味深い

非言語表現の例

通常の「時間」
・過去から未来に流れる時間
・「矢」のような一方向の時間
ワインの表現も基本的にはこの時間に従って語られる.

ブラックベリー、ブルーベリー、モカ、エキゾチックなスパイス、サンダルウッド、新鮮な土のフレーバーが特徴的で、リッチでバランスのとれた味わい。中盤はしっかりとしたタンニンが存在感を増し、ドライなエッジを与えている。フィニッシュは、核となる果実味を強調する。

「中盤midpalate」「フィニッシュfinish」が時間の表現

ワインの評価的コメントの基本構造

最初に感じる香り(アタック)
→中盤の印象,
→最後の香り(余韻やアフターフレーバー)
を,時系列で語る

言語は,その性質の一つに線条性 linearity があるた
めに,線形時間と相性が良い.

回帰的な時間 Recursive Temporality

線や点ではなく,循環あるいは反復する時間,繰り返す時間,周期的な時間として時間を捉える見かた

九鬼周造や井筒俊彦などの日本の論者の時間論ではしばしば
輪廻(saṃsāra, transmigration)の時間と呼ばれる

九鬼の時間論

仏教では,回帰的な時間観を宗教的な教義の中心におき,
反復する無限の転生(輪廻)と,その再生からの解脱を理想とする

九鬼は輪廻の時間を
「無際限の再生,意志の永遠の反復,時間の終わりなき回帰」と説明

九鬼は「東洋的時間」の最大の特徴として輪廻の時間を措定する

もし「東洋的時間」について語る権利があるとすれば,何よりも輪廻(transmigration)の時間が重要であると思われる

九鬼周造,「時間の観念と東洋における時間の反復」冒頭

仏教に限らず,古代インド哲学(『シュヴェーターシュヴァタラ・ウパニシャッド』『ヴァガッド・ギーター』『ミランダ王の問い』など)にも共通して「車輪」や「無窮の時間」「閉じた円」として語られる,回帰的な時間観が見られることを指摘(九鬼)

回帰的な時間と鑑賞

回帰的な時間観は,東洋に限定されたものではない

蛇または竜が自身の尾をくわえた図,いわゆる「ウロボロス」は
終わりも始まりもない絶対的な一の象徴,不老不死の象徴として世界各地の古代文明に見られる.

回帰的な時間観
(例)日没と日の出の無限の反復,四季の反復
✔ 我々の生活に沿った時間観
✔ 農事歴を代表例として世界に共通して見られる

ただし,この時間観は一年や人の一生,世界の構造というような
形而上学的・長期的な時間幅についてのものであることが多い

一つの作品の創作と鑑賞という
具体的かつ比較的短い時間での時間観において
回帰的な時間観を持ち込むことは可能か

日本の詩歌(短詩型)における無限時間(九鬼)

「長い時間よりも多くのものを含む短い時間を実現」
 = 時間から解放された,無限の表現
九鬼周造「日本芸術における「無限」の表現」

日本絵画,日本の音楽などの作品の多くの材ないし事物が,
可測的時間(すなわち線形の時間)からの解脱と,「無限」の象徴として表現されている

九鬼は,日本絵画,日本の音楽などの作品の多くの材ないし事物が,
可測的時間(すなわち線形の時間)からの解脱と,「無限」の象徴として表現されていることを論じる
以下では,九鬼によって示されるような回帰的な時間観が,味や香りの鑑賞においても重要な契機となる
ことを主張する.

線形の時間の問題点

しかし,こうした線形の時間によるコメントは,味の鑑賞としては片手落ちと言わざるを得ない.
野球の打線において9番打者が「ラストバッター」ではなく「1番打者の前の打者」として考えられるべきであるのと同じく,「アフターフレーバー」が次の杯の「トップノート」に先駆ける香りであることを忘れてはならない

味わいの記述を,酒が口の中に入ってから飲み込むまでに限定することは
行き過ぎた単純化であり,経験の矮小化である

「ソムリエ礼賛」「料理は科学だ」をなんとかしないと

市川浩は,身の現象主義的還元に際して,以下の六点を従来の「科学的な」方法論の潜在的
問題とする(『〈中間者〉の哲学』pp.97-98).

  1. 発生論的形成の無視(成人の意識やその意識に現れる自己を前提とする)
  2. 成層性の無視(顕在的意識のみを問題とし,潜在的な意識/自己の可能性を排除)
  3. 歴史的形成の無視
  4. 文明論的差異の無視
  5. 正常性の無批判的肯定
  6. 観照的コギトの神格化

杯を重ねるという鑑賞

ワインの評価的表現は,明示性を求めるあまり酒の成分表示のようなコメントを指向し,杯を重ねるという鑑賞を見失ってしまった.

回帰的,反復的な時間として日本語では「杯を重ねる」「飲みすすめる」という定型句がある.
文字通り,何杯も何杯も飲むというほどの意味だが,酒や茶の鑑賞はこの杯を重ねるという反復において成立する.
この境地を描いた唐代の盧仝による「七碗茶詩」はあまりに有名である.

一碗喉吻潤
兩碗破孤悶
三碗搜枯腸 唯有文字五千卷
四碗發輕汗 平生不平事盡向毛孔散
五碗肌骨清
六碗通仙靈
七碗吃不得也
唯覺兩腋習習清風生 蓬来山在何處
玉川子 乘此清風欲歸去

味の鑑賞は,多重的な反復的・回帰的時間構造に埋め込まれている

身体的な認知の時間も,反復的なサイクルを基本としている

ごく簡単にその多重性を確認しておこう.
まず「食べる」という行為じたいが反復的な営みである.
我々は血糖値の上昇と下降の「サイクル」によって,数時間単位で食事を繰り返す.

食事において,咀嚼は数秒おきに行われる反復動作
咀嚼は,一義的には口中で食物を物理的に砕くという目的をもつ
しかし歯ざわりやテクスチャの知覚に大きく関わっており,鑑賞の契機の一つである.

同様に,繰り返す舌での撹拌,唾液の分泌,オルソネーザルとレトロネーザルによる海岸に寄せる波のような呼気吸気の反復は,それぞれが異なる反復のリズムをもちつつ,重層的な回帰構造を構成

食物嗜好学習はこの反復をブーストする
食物嫌悪学習はこの反復を生命の維持のために停止させる

この重層的な反復において,全体として大きな調和を実現することが,料理芸術の目標となるだろう.
日本料理では異なる食材を組み合わせて咀嚼中の変化をもたらすことが,料理法の基本とされている.
(cf.辻嘉一『味の散歩』)

ケンは刺し身の肉の味を,生野菜のシャリッとした歯ざわりによって引き立て,それを交互に召しあがるところに,得も言われぬ旨さが生まれるのであります.そのためには,刺身の量に対してケンの量が適量でなければならず,必要以上にケンが多いと刺身の旨さの邪魔になり,他の料理の良心までも疑われるのであります.(中略)
(毎日味わっても飽きないように)より楽しく味わうためには,軟かい和布に対して,歯触りの楽しさを添えることでありまして,ウドの繊切り,竹の子の細切り,山の芋の細打ちなど,シャッキリとしたリズム感のあるものを脇役に一緒に入れることであります.

辻嘉一『味の散歩』

このように,辻は一つの皿の中で複数の食感をもたらし,
反復する咀嚼の中で変化点を与えることでリズムを生起させることを美食の秘訣としている.

変化,運動のないところに時間は生起しないのであって,反復の中で変化を与えることは,その時点から過去と未来を生み出すことを意味する.スーリオは造形作品に内在する時間について,その構造が「恒星状で拡散的」であるとして,以下のように主張する.

作品の時間は,いわば,表現された特権的な瞬間を中心に放射状に広がっている.
(作品全体を調和させる中心的瞬間が)構造的な中心となり,そこから,
イメージが徐々に空間に消えていく瞬間まで,心は過去へとさかのぼり,
未来へとますます漠然と移動していく

E.スーリオ 「造形作品における時間」

中心・中間 と物語

「中心」よりは「中間」がいいのでは?(cf.市川浩『〈中間者〉の哲学』)
輪廻,仏教的には中心はないという考え方(空)のほうが親和性が高いので「中間」としたい

味わいという曖昧模糊とし知覚対象を前にしたとき,われわれはその中に主題を見出そうとする(図/地における図化).
ただし「主題化は主語化ではない」し,主題の最初の発見や感動がもたらすのはむしろ述語化である(市川浩『〈中間者〉の哲学』p.6).

じっさい,「おお寒い」「ぐっとくる」「シュワシュワする」といった述語的な発話のほうが現実により近い表現形式であろう(cf. 吉本隆明「自己表出理論」).
ここでは主語はまだ問題となっておらず,「主語や関係項となる辞項は図化の再分配による〈図〉の内部分解から生まれる」(市川,p.6).

表現された特権的な瞬間が物語生成を駆動させる

驚きを感じることで外界を予測する自らのモデルを拡張する
驚きが分岐・選択を指し示し,物語生成のきっかけとなる (小野・小方, 2021)

結論

地の調和の中の変化点

全体としての調和をベースとして,変化点を与える
音楽やスーリオの主張する造形芸術・各種の芸術作品に共通する原理

この変化点,特異点としての特権的な瞬間を実現するために,刺身でも寿司でも醤油はネタの端のほうにチョンとつけるべきであるし,醤油にわさびを溶かし込むべきではない.
この点について料理における咀嚼は最もわかりやすい例である.

咀嚼を含まない酒の鑑賞も同じ

酒は均質に意識にもたらされるわけではない
舌を主語にすると,舌はどこまでも均質な水質のプールを泳ぐわけではなく,流れやよどみをもった動的な環境としての川を泳ぐ.

酒は口の中で滞留,撹拌,唾液との反応など多くの作用を受ける
舌にもたらされる情報は常に変化する動的なもの

酒は情報の濃淡(ギブソンのいう「きめ texture」)をもって現れる
我々はそのきめに彩られた環境との相互作用を通じて情報の勾配,濃淡と特異点を見出し,
図と地,すなわち中心的瞬間と基本的な時間を構成する

変化点をもたらす咀嚼の例

咀嚼の中で変化点,「中心的瞬間」を作り出すためには,その素地としての流れが必要
(変化点ばかりでは中心的瞬間が現れない)

例:野菜の合わせ炊き
❌ 見た目の大きさを合わせる
✅ 野菜が一緒に口に入ったときに咀嚼の回数を合わせるように切る
咀嚼回数を多いれんこんは小さく,じゃがいもは大きめ

例:白米と茶漬け
ごはんには沢庵漬の2,3枚が合うが,茶漬けには合わない

理由:咀嚼の回数が違う
茶漬けや粥には刻んだ漬物,理想を言えば土井のすぐききざみが良い

例:インドの「カレー」のチャツネ
VS チャツネの代用品、日本のカレーライスの福神漬

どろりとしたルー,ルーと一体となった軟らかい米,そしてじゃがいもと人参の,どちらも中心的瞬間とするには芋役者な中にあって,福神漬けのカリポリという清涼は,カレーという作品を成立させる「特権的な瞬間」にほかならない.

ルーも米もじゃがいもも,すべての時間はこの特権的な,構造の中心的瞬間によって初めて,
過去に向かって遡及的に,そして未来に向かって拡散的に気付かされる.

まとめ

味の鑑賞の3つの時間
・対象のもつ時間
・身体的な認知の時間
現象と意味づけの時間

現象と意味づけの時間
・重層的な回帰的時間の中に埋め込まれている
・回帰的な時間、反復する時間の中の「特権的な瞬間」が鑑賞点
・特権的な瞬間を中間として、過去と未来に拡散するように時間性を生み出す

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