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[招待講演] 味はどの品詞で語るべき?-日本酒の評価と鑑賞のことば

福島宙輝 h.fxyma@gmail.com
Tainan University of Technology

ご質問等は h.fxyma@gmail.com までお気軽にお送りください。

目次

研究内容

分野|美学・認知科学・認知言語学
学会|人工知能学会・認知科学会・日本語教育学会など

内容
・日本酒を書く
・味わいの批評方法論
・味わいの言語化支援ツール
・日本語教育

日本酒を書く

「日本酒を書く」、「日本酒を表現する」というのは、どのような作業でしょうか。

杜氏さんや田んぼを紹介することでしょうか。
それともグルメリポーターのように味を表現することでしょうか。

日本酒の雑誌を見てみると、味わいだけでなく、様々な情報が記載されています。

含まれている味の成分を言い当てるだけが「表現」ではない

とはいえ、何をすれば「日本酒を書く」ことになるかが理論化されていないのが現状です。

ということで、「日本酒を書く」の中身を考えてみましょう。
ここでは、絵画や音楽などのいわゆる芸術作品について語る、「芸術批評」を参考にしてみます。

「日本酒を書く」の中身

記述する Description
分類する Classification
文脈づける Contextualization
解明する Elucidation
解釈する Interpretation
分析する Analysis
価値づける Evaluation

芸術批評に関する基礎文献
批評について: 芸術批評の哲学』ノエル・キャロル, (2009; 2017訳)

①記述する

「記述」は日本酒を書くことの基本であり、この記述が十分でないと、どの酒のどのポイントについて話をしているかがよくわからなくなってしまう。

基本的には「個人の見方、感想、主張」に左右されない項目の説明を行う。
→ 味わいや香りなどの感覚の記述は、「解釈」「分析」

記述:対象の日本酒が「何なのか」を伝える基本作業

  • 蔵、地域、地下水などの説明
  • 酒造りの技法
  • ラベル、価格等
  • 味の概説、特徴の指摘
  • 明らかな欠点の指摘

②分類する

その酒が分類されるカテゴリーを示す。
特定名称分類だけでなく、甘口・辛口なども分類である

カテゴリーは様々で、新しい分類を作っても良い。

分類:その日本酒のカテゴリーや位置づけを示す

  • 特定名称分類
  • 甘口・辛口、「4タイプ分類」(SSI)
  • Flower | Fruit |Rice | Grain | Water (Sakeflight)
  • 食前酒、食中酒、デザート酒
  • 夏酒、燗向き…
  • 香り系、味吟醸…
  • 土佐酒、女性杜氏…
  • 千円台、贈答品、「外国人向け」…

ジャンルや位置づけを示すために
タテの関係:時代・年代ごとの日本酒の流行、時代の流れ(通時的変化)
ヨコの関係:酒販店に並んでいる他の日本酒との違い(共時的差異)

③文脈づける

内的批評 internal criticism: ある日本酒それ自体を記述する

外的批評 external criticism: ある日本酒を取り巻く文脈を記述する

ここまで紹介した記述と分類は、ある日本酒そのものについて書く。
「文脈づけ」で書くのは、その日本酒の外側の環境を書く。
※ 前段の「分類」は、目の前のお酒がどのようなタイプか、あるいはどういうジャンルかを示す、内的な記述。

文脈づけ:その日本酒を取り巻く環境、地理、歴史、制度、社会文脈などの説明(日本酒学の人文分野

  • 新潟の気候と酒質、瀬戸内の漁業と酒質、気温と酒造の関連…
  • どぶろくの地理的特性、歴史的文脈、制度と社会の文脈…
  • 9号酵母の歴史、花酵母の発展状況…
  • ヴィンテージの天候、できばえ(特にワイン)

ただ文脈を説明するだけではなく、
・そのお酒を文脈に位置づけることによって、造り手の意図や目的を明らかにする
・造り手が直面している選択の論理を明らかにする
・造り手が問題、課題にどう対応したかを代弁する

=価値づけの根拠となる

④解明

芸術作品の持つ慣習的記号 conventional symbols に意味を与える作業
体系化された記号の意味を明らかにする作業(寓意画など)
日本酒では少し難しい。ラベルを解明することは可能)

寓意の典型
ロウソク…命は浪費される
割れた卵…失われたものは取り返しがつかない
腐った果物…若い時間は限りがある

Frans Wouters – Allegory of taste |フランス・ウテルス 「味覚の寓意」

日本酒の味・香りを「解明」する

  • 熟成の度合い
  • 生香、生ヒネ香
  • 吟醸香
  • 山田錦、五百万石

ある香りが、あるジャンルの記号になる
(例:酒造組合中央会の利き酒選手権)

カクテルは記号が豊富
(例)ブラッディマリーの赤色、マルガリータのスノースタイル、シンガポールスリングのチェリー…

⑤解釈・分析

ここまでで、ある日本酒を紹介するときの道具が一応揃いました。

そして味わいを表現するという本丸が求められるわけですが、この味わいの表現が、「解釈」と「分析」です。

芸術批評の「解釈」「分析」についてはじっくり解説する時間がないので、味わいを表現するという点に絞って、
次の節でその方法を考えていきます。

美味しさを表現する ―どう書くか―

ここまでで、日本酒を書くときに「何を書くべきか」が一応見えてきたと思います。

この節では、日本酒の味の解釈・分析として、感じた味をどう語るべきかを考えていきます。

ゴールドマンによる美的性質の分類

美的性質の分類

全体的な価値を示す
特定的な価値を示す
形式を示す
気分を表現する
感情の喚起
動きと振る舞い
高次の知覚的性質

「美的性質」を網羅的に論じた文献
Aesthetic Value, Goldman (1995)

General-value property | 全体的な美的価値を特定する性質
美しさ、醜さ、偉大な、美味しい

More specific-value property | より特定的な価値を示す性質
優美な、エレガントな、やわらかい、かるい

Form property | 形式を指す性質
バランスが取れている、統一されている、調和している

expressive property | 気分を表現する性質
悲しい、楽しい、落ち着いている

KAORIUM for Sake

Evocation of feeling | 感情の喚起
力強い、気持ちをかきたてる、愉快な、退屈な、ワクワクする

Dynamic or behavioral property | 動きと振る舞いに関する性質
ゆったりした、弾むような、浮き上がるような、広がる、残る、立つ、現れる

Higher-order perceptual property | 高次の知覚的性質
鮮やかな、鈍い、落ち着いた、円熟した、頑固そうな

Representational property | 再現の性質
迫真的な、ゆがんだ、現実的な

ゴールドマンによる美的性質の分類は基本的には形容詞・動詞的
名詞によって味の要素を指摘するだけでは、日本酒の魅力的な味わいには迫れない

味わいの表現における品詞ごとの役割

基本的な品詞とその役割

名詞|味の要素を指摘する

動詞|味の動き、関係性、空間性

形容詞|味の程度、質感

オノマトペ|音、動き、様子の繊細なニュアンス

品詞と感覚の距離

吉本隆明によれば、品詞は、自己表出性指示表出性のグラデーションをもつ。

感覚に近いことば → 対象を指さすことば
(例)うわっ[感動詞]―ザラザラ―さわがしい―舌でざわめく―渋み[名詞]

名詞による表現

名詞の表現支援

フレーバーホイールの構造

時代はフレーバーツリーだ!?

https://blog.outdoor-coffee.com/?p=1215

フレーバーホイールの進化版と言っているが、構造は同じ(むしろ退化している)

captured from a web magazine

フレーバーホイールの注意点(もしくは問題点)

フレーバーホイールは、香りの分類と分析のためのツール。
言語化の支援ツールではない

隣あうカテゴリ配置に意味がない
=フルーティの隣がナッツ、反対側が土の香りである配置に意味がない
(参考)色相環は、青の隣が緑、青の反対が黄色という配置に意味がある

サークル(円)構造に特に意味がない(見やすい?)

フレーバーホイールの階層的構造(ツリー構造)は、味覚の認知特性と合わない

複数の香りを探す作業に向いていない

香りの「姿が見えている人」が、その香りの名前を知るためのツールとしてはGOOD

新しいフレーバーホイールを作ろう

詳しくはこちらのページフレーバーホイールの再発明)

従来のフレーバーホイール
化学的成分や,一般カテゴリの階層的な名詞ネットワークを基軸としてきた

本研究
味わい表現における共起関係を基準とした語の配置を提案する

共起関係とは
文の中に一緒に出てくる」ということです.
「川」と「どんぶらこ」のように,一緒に出てくる頻度が高いものを近くに並べてあげます.

「まろやかな」は「のどごし・果物・甘さ」と共起する

手順

テイスティング・ワードの選定

日本酒の例
リンゴ,メロン,アルコール,イチゴ,ナッツ,バナナ,ブドウ,チーズ,レーズン,トリュフ,ライチ,カシューナッツ,ヘーゼルナッツ,酸,桃,梨,花,糖,飴,梅,檜,柿,蜜,苔,マスカット,アンズ,クルミ,アーモンド,ヨーグルト,パイナップル,カカオ,カラメル,チョコレート,ミネラル,ラムネ,ロースト,チェリー,柑橘類,乳酸,プラム,マンゴー,ミント,ナシ,バラ,ミルク,メープルシロップ,生クリーム,オレンジ,キャラメル,クリーム,グレープフルーツ,バニラ,夕張メロン

共起ネットワークの描画

名詞共起ネットワーク.KHCoderを使用.

フレーバーホイールの作成

提案手法:新型フレーバーホイール

新型のフレーバーホイールでは、「梅」の隣に「キャラメル」が、「梨」の隣に「花」が配置されています。
従来の分類では決して隣り合わなかったけれど、実際の日本酒の表現としては一緒に使われることが多い言葉が近くに配置されているということです。

共起関係が強いということは,似たような性質の香りということですので,
「桃の香りがした」と思ったときにその周りの語を見てみると,
さらに適切な表現が見つかるかもしれないという仕組みになっています.

ネットショッピングで見かける,「こんな商品もいかがですか」の仕組みに似ていますね.

外円と内円の構造

このフレーバーホイールは,二層の円周上にテイスティング・ワードが配置されている。
内円の語がカテゴリ内のプロトタイプ的用語,
外円が周辺的概念用語になるように描画している。

コトをあらわす 動詞・形容詞 の重要性

割愛します!

詳しくはこちらの記事 [味わいの出発点]をご覧ください。

動詞表現

動詞の表現支援

「日本酒味わい図式」は,動詞表現を支援するための図式です.

詳しくはこちらの記事

共著書籍『ふわとろ SIZZLE WORD 「おいしい」言葉の使い方』にて発表しています

動詞の特徴

動詞世界モノではなくモノの動きやはたらき,関係性を指示対象とする

意味は曖昧で多義的なので、辞書のように記述できない

動詞が根源的に抱える曖昧性と多義性を前提としたツールとして,「日本酒味わい図式」を提案する.

表現支援:日本酒味わい図式

制作手順

コーパスから動詞を抽出

→KJ法により,類似する動詞をクラスタリング

→クラスタごとに図式を描画

図式は,クラスタリングされた動詞群に対応
各群の動詞に共通するイメージを,抽象的な図で示したもの

たとえば,図のAは「変わる」「変える」「転じる」という動詞群に紐付いている。
図のBは「まじる」「まざる」「とけ込む」「とけ合う」「まじりあう」という動詞に紐づく。

使い方

Step 1.日本酒を呑み,表現したい味の要素を決める
Step 2.上段の図を眺め,味の関係性のイメージに近いものを選ぶ
Step 3.図に紐付いた下段の動詞リストから,イメージに合うものを選ぶ

日本酒味わい図式
動詞リスト

オノマトペ

オノマトペは必要か?

オノマトペ

擬音語 … ドンドン、ガラガラ、バンバン
擬態語 … どんどん(進む)、がらがら(の店)、すっきり、あっさり
擬情語 … キュンキュンする、ホッとする

オノマトペは、擬音語、擬態語と擬情語にわかれます。(諸説あり)
日本語の特徴の一つでもあり、繊細なニュアンスの表現には欠かせません。

オノマトペは感覚を表現するという特徴がありますが、テイスティングワードになるのでしょうか。
調べてみると…

テイスティングワードとしてのオノマトペ?
 ・ ソムリエのテイスティングワードには無い
 ・ 日本酒のテキストにも載ってない

ということは

オノマトペは、無くてもいい

ということになります。
でも「すっきり」した味とか、「ほんのり」香るとか、言いますよね?
そこで少し踏み込んだ疑問です。

酒の味わい表現ではオノマトペは使われないのか?

この疑問を検証するために、「新聞や雑誌などの普通の文章」と「日本酒の書籍の文章」で
オノマトペが出てくる割合を比較しました。

分析の詳細はこちらの論文に譲りますが、結果としては

日本酒の表現では、一般的な文章よりも高い頻度でオノマトペが使われる

ということになりました。

オノマトペは幼稚な言葉のように思えますが、実は味わいの表現ではかなり重要な働きをしています。

こうなると、さらに疑問が湧いてきます。

どんな種類のオノマトペが使われるのか?

何のためにオノマトペが使われるのか?

オノマトペの分析:「音」と「形」

音韻論:「特定の音が特定の心象を喚起する」

(例)Sara Sara  vs Zara Zara
→「濁音が摩擦を象徴する」など

形態論:「繰り返しなどのパターンが持つ意味がある」

(例)くるっ vs くるくる
→ 「っ」は動作完了を示している
  同型反復は動作の反復性に動機づけられている,など

日本酒×オノマトペの好例。このシステムではすべて反復形を使っている。
©YUMMY SAKE

日本酒・ワインのオノマトペの特徴

分析の詳細はこちらの論文

・擬音語が少なく,擬態語が主体
・○ッ○リ形が多い
同音反復型(クルクル等)が少ない
・促音(ッ)が多い =変化点を示す
など

何のためにオノマトペが使われるのか?

オノマトペの役割を調べるために、「どういう言葉がオノマトペの周りに現れるか」を集計していきます。

スリムでシャープな飲み口の酒だが,後口ほんのり甘味立ち昇るところに,この米の特徴を感じさせる

例えば上の文では、色をつけた部分が、オノマトペの影響を受けている部分だとわかります。
色をつけた部分の言葉のカテゴリーを集計すると、以下のような表ができあがります。

オノマトペが修飾することば

オノマトペは適当に使われているわけではなく、それぞれが指し示す内容があるようです。

オノマトペを含む文に現れやすい語の特徴

「味わいの最初と最後」
「味の出現と消失」
「具体的な味ではなく上位カテゴリの表現」
状態や様子ではなく経時的変化点を表現する

オノマトペと一緒に使われる語

形容詞

形容詞は、味わいの美的な性質を表現する本丸です。

オノマトペと同じように、周りにどのような言葉が来るか(共起関係)を調べることによって、
辞書には載っていない意味を調べることができます。

詳細はこの論文(英語)とこの論文(日本語)

例えば

透明な

一般辞書
すきとおって向こうがよく見えること。また、そのさま。「―なガラス」
すきとおって、にごりのないこと。また、そのさま。「―な音」「―な空」

日本酒の文脈の共起関係を調べると

普通の辞書には載っていない 透明な の意味

主に甘味清らかさを表す[3, 4, 5, 6]。
甘みのなかでも、白い砂糖[7]のような甘み。(黒砂糖[37]は香ばしい甘さ)

清涼感[28]や清流[14]のイメージ。「薄い[14]」の婉曲的な表現として使われる。
「あっさり」「軽い[25]」「淡い[31]」などと相性が良い。

それぞれの言葉には役割がある

この分析をもとにすると、味わい用語の事典を作ることができます。
「透明な」の例はこちら(noteにリンクします)

まとめ

言葉には(辞書に載っていない)意味がある
意味を理論化して、分析することで根拠を持ったマーケティングや批評ができる

「日本酒を書く」の中身

記述する Description
分類する Classification
文脈づける Contextualization
解明する Elucidation
解釈する Interpretation
分析する Analysis
価値づける Evaluation

名詞|味の要素を指摘する。「隣の味」への気づきを支援する必要がある
動詞|味の関係性や動き、時間的な変化を表す。

オノマトペ|「味の変化点」「現れる・消える瞬間」を表す

形容詞|美的性質を表す。辞書に載っていない意味が重要

フレーバーホイール、どうやって言語化するかの話は
あ、これ美味しいの言い換え力』という本に書いています

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