味わいを表すことばとして典型的なものは,ワインのテイスティング・ワードである.
ワインはその歴史的背景から,テイスティング・ワードの体系化がなされ,他に類を見ない表現技法が確立されている.テイスティングとサービングのプロであるソムリエは,100を超すテイスティングと,それに紐づくべき香りの対応を記憶し,ワインの複雑な香りの中からその構成要素としてのテイスティング・ワードを的確に検出する.
言語の認知作用的側面に着目するとき,一般に名詞の機能は,「対象の指示」と考えることができる.
対象の指示機能は,認知機能としての一般化・差異化・典型化(類型化)のはたらきによるものであり,階層的なカテゴリ的知覚に対応している(田中 & 深谷, 1998).
味覚に関して考えると,ソムリエのテイスティング・ワードは名詞による言語的カテゴリが先行しており,それに応じた味覚カテゴリを学習するというシステムである.
これは言語的なカテゴリ(「言分け」)にたいして身体的カテゴリ(「身分け」)が従属する関係と言ってよい.
ここで問題なのは,はたして言語の階層的な名詞カテゴリが,味覚に関しても適用可能なのかという点である.
すなわち,味覚の「身分け」を基準として世界を分節した際に,そのカテゴリは階層的であるかということである.
筆者はこの点に懐疑的であり,味覚のカテゴリは階層的ではなく,平面上のカテゴリではないかと考えている.
基本味に関しても,「甘い」と「酸っぱい」のあいだに「甘酸っぱい」が成立可能であり,「甘さ」の上位概念を言えと言われても答えに窮してしまう.
もし階層的な概念であるならば種・類における(「哺乳類―ネコ―キジトラ」における「ネコ」のような)認識の基点となる「中間レベル」に関しても個人差がおおきく,明確に規定することは難しいように思われるためである.
これは味覚の認識がモノ的ではなく,コト的な性質が優位であるという先段からの主張に通じている.
自然言語においてコト的な領域をあらわす動詞や形容詞は平面的なカテゴリを形成する(田中 & 深谷, 1998).
筆者の考えは,味覚の名詞カテゴリも,むしろ形容詞と同じく平面的なカテゴリを前提とすることによって,より味覚の身分けに親和性の高い形式での表現支援が可能になるのではないかということである.
以上の基本概念をふまえ,味わい表現の名詞的表現支援のためのツールとして,「フレーバーホイール」と「日本酒味わい事典」の2種を提案した.
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