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フレーバーホイールの再発明

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フレーバーホイールの一般的な定義

フレーバーホイール,あるいはフレグランスサークルは,酒類や香料の領域で用いられる,においや味の記述語を円形に沿って配置した図である.

一般にフレーバーホイールにおいては,隣り合う特性の語は近くに配置される.
また香り物質のカテゴリによる階層構造が反映されており,ホイールの中心部にいくに従って上位カテゴリの語が記載されている.
酒類のフレーバーホイールは,1979年にビールの香味評価用語のために作成されたものが皮切りとされており,現在では多くの嗜好品,食品で開発が行われている.

日本酒(清酒)に関しては宇都宮の研究が体系的であり,清酒のかおり構造を反映しつつ評価用語を選定し,パネルによる評価を経て図 のようなフレーバーホイールを提案している(宇都宮, 2012).

既存のフレーバーホイールの問題点:階層的な構造は有効か?

フレーバーホイールは,円の外周を表現用語として,円の中心ほど上位カテゴリの語が配される構造となっている.
この階層構造は,円を半径で切って展開すると,ツリー構造に書き換えることができる.
(制作過程としては逆で,ツリー構造を表現ツールとして円形に配置したものがフレーバーホイールである.

背景でも指摘したとおり,基本的に自然言語の名詞概念ネットワークは,差異の体系による階層的な構造をもっている.しかし味覚と世界の分節化を考えるとき,他のモノ的世界と同様に味覚も独自に差異化・一般化・典型化の体系を持つか,あるいは階層的カテゴリ体系を持つかは疑問である.

味覚は他の感覚に比べ,曖昧な内的表象を描く.
自然言語はその基本原理として,視覚での対象把握に対して聴覚的な音素の組み合わせで記号を形成する,遠感覚を基軸とした階層的概念体系である.
この点については味覚を含む近感覚が,階層的処理体系を持たないために言語表現に馴染まないとする指摘もある(例えば,(浅野 & 渡邊, 2014)).

フレーバーホイールの利点はその一覧性にあると思われるが,(視聴覚を基軸とした)自然言語の名詞カテゴリや,成分に基づく「科学的な」香気成分の分類が,じっさいに我々が感じている味のカテゴリと同じであるという保証はどこにもない.

これは背景で論じた「言分け」と「身分け」(丸山, 1985)の違いであり,とくに味覚においては階層的な概念体系ではなく,平面上にカテゴリが展開する,言語品詞でいうと動詞や形容詞のカテゴリの体系が想定される.
本研究では身分けとしての,平面的な味覚のカテゴリ(の反映としての言語表現)を基軸とした体系としてのツールを提案する.

本研究の目的

従来のフレーバーホイール
化学的成分や,一般カテゴリの階層的な名詞ネットワークを基軸としてきた

本研究
味わい表現における共起関係を基準とした語の配置を提案する

従来は「果物」「硫黄様」のように,カテゴリ内の語を並べて配置していた

本提案ではアプリオリなカテゴリを規定せず,文を単位として共起関係(Jaccard係数)の強いものを近くに配置する

従って,従来の分類では全く別カテゴリに配されるであろう語,例えば「夕張メロン」と「ナッツ」が,隣り合って配置されるということが起こる

Method

データと手順の詳細は論文を参照

手順

テイスティング・ワードの選定

日本酒の例
リンゴ,メロン,アルコール,イチゴ,ナッツ,バナナ,ブドウ,チーズ,レーズン,トリュフ,ライチ,カシューナッツ,ヘーゼルナッツ,酸,桃,梨,花,糖,飴,梅,檜,柿,蜜,苔,マスカット,アンズ,クルミ,アーモンド,ヨーグルト,パイナップル,カカオ,カラメル,チョコレート,ミネラル,ラムネ,ロースト,チェリー,柑橘類,乳酸,プラム,マンゴー,ミント,ナシ,バラ,ミルク,メープルシロップ,生クリーム,オレンジ,キャラメル,クリーム,グレープフルーツ,バニラ,夕張メロン

共起ネットワークの描画

名詞共起ネットワーク.KHCoderを使用.

フレーバーホイールの作成

提案手法:新型フレーバーホイール

何がすごいのか

カテゴリ型

従来のフレーバーホイールにおいては,用語のカテゴリはその化学的特性や,分類学上の系統的分類をもとにした階層的分類であった.すなわちここにも対象の科学としての味覚観が反映されており,現象,コトとしての用語のカテゴリは捨象されていると言える.

本研究において筆者が提案するフレーバーホイールは,共起関係ネットワークにおけるクラスタを基準としてカテゴリを形成している.すなわちこのカテゴリは,「ある酒を表現するために,一緒に用いられる頻度が高い語」を基準としたカテゴリということであり,換言すれば日本酒の表現のパターンを示しているということになる.すなわち酒質のセンサ工学的計測による酒の分類ではなく,酒のレビューによって与えられる表現によって酒とその表現用語を分類するという試みである.

したがって,例えば「クリーム」と「生クリーム」,「メロン」と「夕張メロン」が異なるクラスタに配されていたり,「夕張メロン」と「ナッツ」,あるいは「梅」と「キャラメル」のように,従来では同一のクラスタに入りようのない語が同じクラスタを形成していたりする. この構造は,本来であれば個人の語用の集積から生成することが望ましい.ただし今回のようにあえて他者の語用を交えたクラスタを提示することで,「梅」と「キャラメル」を相互に結びつける仮説を生成させるという,アブダクション的な学習ツールとしての機能も期待される.

外円と内円

本フレーバーホイールは,二層の円周上にテイスティング・ワードが配置されている.

この区分については,内円の語がカテゴリ内のプロトタイプ的用語,外円が周辺的概念用語になるように描画している.

カテゴリにおけるプロトタイプの規定については,共起ネットワークにおけるリンクの数を基準としており,より多くの語と共起関係のリンクを結んでいる語ほど,そのカテゴリにおけるプロトタイプ的用語であると定義している.

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