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「たそうせい」多層/多相性の表記について

今後の研究に向けて「たそうせい」の表記を、それぞれの使用事例を見つつ整理しておきたいと思う。

「たそうせい」については複数の表記が可能である。「多層性」を意図する表記として一定程度の容認度をもつ例としては、多層性、多相性、重層性、重相性、重奏性、複層性、複相性などが考えられる(注)。このうちカバータームはおそらく「多層性」「重層性」であろうと思われる。

このような多層性の表記バリエーションは、おそらくそれぞれの筆者にとっては 思い入れがあって用いていることと思われるが、その表記意図を明示した例はさほど多くない。

(注)表記バリエーションとしては重層性、重相性、重奏性(鈴木宏昭 , 2003)、重創性、多層性、多相 性、?多奏性、多創性、多重性、多元性、多面性、複層性、複相性、?複奏性、?複創性、成層性(市川浩, 1990)などが考えられる
(語頭に疑問符を付したものは、容認度に疑問の残る表記)。

「た」

対訳としてはmult(iple)をあらわす「複/多/重」について、それぞれ類的表 現ではあるが、一般的に了解できそうな区別を示す。まず「複」は「単」に対する語であり、何かが「2 以上」存在するということを示す。

一方「多」は、私には3 以上を表すように思える。したがって二層の構造をしめすには(「二層」以外では)「複層」を用いることが望ましく、「多層」というと容認度が下がる

「多」と「重」については、「多」がニュートラルに「たくさん」という複数性を示すのに対して、「重」となると層間の関係性を示唆する表現となるだろう。「多層」は関係なくバラバラでも良いが、「重層」となると層の位置関係、上下関係、階層関係などの関係性を説明することが求められる。

したがって「複/多/重」はおそらく順に包含的な関係にあり、単に 2 以上の複数性をあらわす「複」がもっとも意味が広く、ニュートラルであると思われる。

つまりカバータームとしては「複層性」が好ましいように思われるが、おそらく「輻輳*」との音の衝突(そして意味も近い)から「複層性」を避けて「重層性」「多層性」が一般的に用いられるものと思われる。

*様々なものが 1 ヶ所に集中し混み合うこと。

「そう」

「そう」については「層」と「相」の表記が可能である。例外的に鈴木宏昭(2003)は「重奏性」という表記を用いている。
「層」と「相」はそれぞれ英語にするとlayer と aspect ということになる。(「多面的」に近くなるが multi-faceted のような表
記も可能)。

ただし機械学習における layer、あるいは言語学における aspect など、研究ドメインごとに専門用語として規定されている場合があることに注意が必要である。

一般的な語義としては、「多層」あるいは「重層」とすると、ある現象を各
層に還元して説明したり、層ごとの独立した構造を持っていることが示唆される。

なお「多相」は一般的な表記ではないために、この表記を用いるには注釈を付す必要がある。

「層」と「相」を明示的に区別している数少ない事例は、深谷・田中(1996)である。
同書では特にコミュニケーションにおける意味の重相性について、

ポール・リクールの「発話の意味」と「発話者の意味」の両者は、融合的な関係にある。そこで我々は「重相性」という用語を好んで用いる。なお慣用的には「重層性」と綴られるが、「層」という語は「重ね合わせ」の意味合いが強いため、意味諸相のゲシュタルト的な融合体を協調するため、「重相性」という造語を用いる。

と明示的に区別を行っている。田中によれば、同書では「相」という表記の選択の背景として、ウィトゲンシュタインの「システム全体の中のある相が図化されることによって、他の相は地化、盲化される」という「アスペクト盲」の考え方を意識
したという(田中氏私信, 2018)。

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