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「味を作り上げる」動的なテイスティングを

2025年12月7日 コーヒー文化学会 招待講演

福島宙輝 Hiroki Fxyma

神戸大学 大学教育推進機構 教養教育院 特命助教

所属歴¦慶應義塾大学 Ph.D. ▷ 九州女子大学 ▷ Tainan University of Technology ▷ 神戸大学

研究分野¦感性情報学、味覚の美学、認知言語学、記号論 
すきなもの|パペットスンスン

味覚、嗅覚の美学、美的な鑑賞と批評理論について、情報学の観点から研究を行っています。
専門は意味論、記号論、認知言語学、知能・感性の情報学、認知科学の周辺領域です。
テキスト・マイニングによる味覚表現の言語分析や、味覚の非/言語的な表現・学習支援を研究しています。

目次

はじめに

コーヒーは語り得ぬものか?

味覚は、言葉にならないものの代表といえる。それでも私たちがコーヒーを自分の言葉で表現したいと思うのは意味として理解したいからであり、またこの味を伝えたいと願うのは、ただの情報伝達ではなく経験の共有への欲求である。SCAのフレーバーホイールでの表現は、コーヒーの風味を専門的に分類・共有するのに役立つツールだが、一般消費者にとっては距離があるように感じるのも事実である。その問題の解消の可能性として既往研究の中にも距離を縮めるためのフレーバーホイールの検討・研究がなされていることが確認された。その上で、ウィトゲンシュタインの理論の展開から、「語りえぬもの」と「語りえるもの」という言語の境界に対して、味覚の言語化に有効な表現を考察した結果、文脈依存の表現と感覚的な表現を組み合わせることが距離を縮める手掛かりになることを明らかにできた。

味覚という曖昧で個人的な体験が、普及が急速に進み議論も活発にされているAIによって味覚の言語化がどのように影響を受けるかについて言及する。

メリット、ディメリットが想定されるとは言え、個人の嗜好に合わせた味覚表現がコミュニティで共有されやすくなることが推察されるのであれば、ますますコーヒーフェスティバルでのコーヒーの味読(味だけでなく交わされる言葉も)が楽しみになる。

引用:「コーヒーは「語りえぬものか」 - 味覚の言語化に関する一考察 -」、後藤裕, 廣瀬元. 2025

コーヒーを語り得ぬものにしたがっている人がいる

何のために言葉にするんですか?

正解探しのテイスティング:ことばの権威化と体験の矮小化

権威化と正解探しの行き着く先: 味わう経験 < AIによる科学的なセンシング

もっと自由で民主的なテイスティングを!

ことばの「外側」、違和感に気づくためにことばにする
「りんご」と一旦言ってみて、そのことばで捉えられていないものに意識を向ける

コーヒー文化「学会」なので小難しく言います

味の認知をわかろうとするとき、その思想に求められるのは岡潔のいう「知的なわかる」ではなく、情的な、あるいは意(こころ)のレベルでのわかるだと思う。
言いかえれば、主観的にわかる有り様を記述するということである。
客観的な味などというものは土台存在しない。

岡潔は、

すみれの花を見るとき、あれはすみれの花だと見るのは理性的、知的な見方です。
むらさき色だと見るのは、理性の世界での感覚的な見方です。
…これらに対して、すみれの花はいいなあと見るのが情緒です。


とする。

同様のことを作家の北方謙三も言っていた。「小説の言葉」とはなにかという話の中で、

バラを美しい赤、きれいな赤ではなく「いい赤」と書く。
この主観的な表現に、逆説的に普遍を押し込めるのが作家の仕事なのだ


という[4]。

ワインやコーヒーのラベルに並ぶのは、Aの香りだ、Bの香りだという、「知」的な言葉である。
一方で私が扱いたいのは、主観的な現象としての賞味経験(食べ物の美的質を鑑賞する経験)

味わうという知的な営みを、眼の科学の手法のおし着せではなく、舌と鼻の経験に即して研究したい。
味覚センサの数値をもって「味」とする研究は、明らかに何かを見逃している。

だがそれは分析の手法やセンサの精度の未熟さが問題なのではない。
足りないのは、味の認知研究を先導する思想と哲学である。
知のレベルで測れば分かるのか、何を測ればよいのか、さらに我々の賞味経験、鼻腔と口腔で起きている情の、意のレベルの現象と関係はどのように特徴づけられるのかを語る思想が求められる。

体操

口と鼻の構造を理解する体操

ちょっと教養

バウハウスで教鞭をとっていたヨハネス・イッテン(色相環を開発した人)

彼は建築の授業の最初に体操をしていたようです。
精神主義的な方針がカリスマ的に支持を集めるも、イッテンに傾倒した学生が次々に丸刈りにしていく姿に恐怖を覚えた校長グロピウスによって、後にバウハウスを解雇されました。

動的なテイスティング

コーヒーサイエンス:単位や「正解」が欲しいですか?

甘み:糖度

旨味:なし(総量で表現、相乗効果は研究途上)

国際苦味単位(IBU:ビール)

(画像出典) https://data.wingarc.com/

酸味:酸度

酸味
sour  酸っぱい(酸化した香り)
acidity 酸の味(リンゴ酸、クエン酸、乳酸、、、)

うごかない基準を定めて、そのモノサシで測る=静的なテイスティング

動的なテイスティングとは

味覚は舌への物理的刺激の総和ではない

身体感覚・予期・記憶・文脈といった多層の情報が重なり合って、人間が構成する出来事である。

舌は受動的な器官ではない

能動的に、出来事を引き起こす主体であり舞台

△ なんの味がしますか

◎ 何が起きていますか

脱線 #人類がまだ知らない味

鼻の穴を“モノラル”で使っていませんか?

2つの目は距離の知覚、2つの耳は方向の知覚に役立っていますが、鼻の2つの穴は何のためでしょうか?

香りを“ステレオ”として感じていますか?

ちょっと学会 【知覚】

知覚の2つのモダリティ
・凝視、静の知覚
・動きの知覚、運動の知覚

例えば机のざらつきは、指を乗せただけではわからない
指を動かすことではじめて知覚できる感覚

動きの知覚としての香りを感じてみましょう

どうやって?

フレーバーホイールはなぜ使いづらいのか

フレーバーホイールは、香りの分類と分析のためのツール。
言語化の支援ツールではない

隣あうカテゴリ配置に意味がない
=フルーティの隣がナッツ、反対側が土の香りである配置に意味がない
(参考)色相環は、青の隣が緑、青の反対が黄色という配置に意味がある

サークル(円)構造に特に意味がない(見やすい?)

フレーバーホイールの階層的構造(ツリー構造)は、味覚の認知特性と合わない

複数の香りを探す作業に向いていない

香りの「姿が見えている人」が、その香りの名前を知るためのツールとしてはGOOD

飲料のなかでコーヒーが最先端な分野

https://worldcoffeeresearch.org/resources/sensory-lexicon

Raspberry(ラズベリー)
ラズベリーに典型的な、ほのかな甘さ・果実味・フローラルさ、わずかな酸味とカビ臭(musty)を含むアロマ。
基準刺激(Reference)Jell-O Raspberry(乾燥ゼラチン粉末)
強度(Intensity): 6.5
準備方法(Preparation):乾燥粉末を1オンスカップに入れ、プラスチックの蓋で密閉する。

Strawberry(ストロベリー)
イチゴに典型的な、やや甘く、わずかに酸味があり、フローラルで果実味があり、しばしばワイン様(winey)のアロマ。
基準刺激(Reference)Dole Whole Strawberries – All Natural
Aroma(香り) 強度(Intensity):13.0
Flavor(味) 強度(Intensity):6.0
準備方法(Preparation):
イチゴを冷蔵庫で一晩解凍し、室温で 3.25オンスカップに入れて提供する。プラスチック蓋で密閉。

「センサリーレキシコン」のすごさ

・「いちご」は甘い果物?酸っぱい果物の国もあるよ
・ヨーロッパの「ピーチ」食べたことありますか?
・台湾のプチトマト

果物、野菜のイメージは世界で一様ではない
「いちご」がどういう香りか、その香りはどうすれば嗅ぐことができるかを定義

脱線 #人類がまだ知らない味2

指先で味を感じていますか?

辛さの知覚:味覚ではなく痛覚(三叉神経)

舌以外の感覚器でも「味」を感じることは可能

味わいの表現における品詞ごとの役割

基本的な品詞とその役割

名詞|味の要素を指摘する

動詞|味の動き、関係性、空間性

形容詞|味の程度、質感

オノマトペ|音、動き、様子の繊細なニュアンス

品詞と感覚の距離

吉本隆明によれば、品詞は、自己表出性指示表出性のグラデーションをもつ。

感覚に近いことば → 対象を指さすことば
(例)うわっ[感動詞]―ザラザラ―さわがしい―舌でざわめく―渋み[名詞]

味わいという曖昧模糊とし知覚対象を前にしたとき,われわれはその中に主題を見出そうとする(図/地における図化).
ただし「主題化は主語化ではない」し,主題の最初の発見や感動がもたらすのはむしろ述語化である(市川浩『〈中間者〉の哲学』p.6).

じっさい,「おお寒い」「ぐっとくる」「シュワシュワする」といった述語的な発話のほうが現実により近い表現形式であろう(cf. 吉本隆明「自己表出理論」).
ここでは主語はまだ問題となっておらず,「主語や関係項となる辞項は図化の再分配による〈図〉の内部分解から生まれる」(市川,p.6).

おわりに

人間の知覚とAIのセンシングの違い

・人間の知覚は状況と環境に埋め込まれている

・味わいは「出来事」(モノじゃない)

・その場、いま、ここで「生起する」もの、味わいは構成するもの

・「この身体とこの色で生き抜いてきた私」が感じるWAO! が、味わい

(色眼鏡の「色」=ものの見方、主観バンザイ)

・経験、身体、記憶のないAIには、味わいは分からない

・「客観的」「正しい」味などない

正しい知覚じゃなくていい、正解の言語化じゃなくていい

味 ≠ 味わい

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