神戸大学 福島宙輝
Hiroki Fxyma, Kobe University
May 30, 2024 @JSAI 2024
はじめに
いちごパフェ いちごの皿デザート
握り寿司 海鮮丼
機械で測ったら「同じ味」だが、経験としては異なる
どのように、説明、記述できるか(鑑賞と批評の方法論)
どのように、センサーとして実装できるか
どのように(味、レシピではなく)食べる経験をアーカイブできるか
哲学、美学上の「味・香り」の位置づけ
西洋哲学の歴史を通して,視聴覚は特権的な地位を占め,他の三つの感覚に対して優位性を今なお保っている(Howes 1991)[1].
味覚が無視される、いくつかの原因
「鑑賞に耐えうるほど刺激が長続きしない」(絵の、ある部分に注目して説明できるほど長続きしない)
「複雑さや構造を持たない」(例:音楽の構成、小説の筋、絵画の構図など)
「抽象性をもたない」(例:自由、時間、勝利などを表現できない)
「外部の対象を表象しない」(例:肖像画、風景画などは外部の対象を表象)
Madalina Diaconu[6]
感覚の儚さの否定的な意味合いは西洋文化に特有の価値観であり、一般化することはできない

味の研究も知が支配的
主観の「いい」
岡潔
「すみれの花を見るとき、あれはすみれの花だと見るのは理性的、知的な見方です。
むらさき色だと見るのは、理性の世界での感覚的な見方です。
…これらに対して、すみれの花はいいなあと見るのが情緒です。([3]p.208)」
p.208
ワインのラベル(香りの要素の名詞的羅列)は
理性的、知的な記述の典型
北方謙三
北方 そうすると、言葉を選ぶ。選んで選んで選ぶわけよ。本当の言葉が出てくる。小説の言葉。小説の言葉ってどういうのか分かる? どう認識してる?
千早 エッ、小説の言葉? 時間をください。
北方 いやいや。何も認識してないんだと思う。たとえば赤というのを描写する時にどういう描写をする? 赤だったとして、「美しい赤」。これはよく分かるよね。それから「きれいな赤」。千早 「キラリとした赤」。
https://crea.bunshun.jp/articles/-/42806?page=8
北方 あと、「いい赤」。「いい赤」と書くのは非常に主観的だけど、そこに普遍性を持たせるのが小説だと思う。矛盾してるけど、「いい赤」と書いてきちんと普遍性を持って説得力があるのが小説の言葉だから、「いい」という言葉をいつも小説家は探すべきなんだよ。
視覚偏重、眼の支配を打破する
ほかの感覚は私たちと世界を結びつける一方で、視覚は私たちと世界を隔てる
『建築と触覚』ユハニ・パッラスマー
味の表現の背景にある視覚の支配

視覚と異なり味覚や嗅覚は階層的な認知をしていないので,
分類学的な構造よりも感覚に寄り添った形式があるはず
味覚には味覚の体系が必要
時間性に着目
(背景)時間芸術・空間芸術
時間芸術:音楽など
空間芸術:建築、絵画、彫刻など
スーリオEtienne SouriauやデューイDeweyはこの二分を批判
おそらく味や香りも両方の性質を含む(理論化はされていない)
(参考)サヴァランと袁枚
料理における時間性の重要性は、ブリヤ=サヴァラン[10]や袁枚[11]によって強調されている。
サヴァランは、料理を口にして飲み込む過程で、主に3種類の評価が行われると主張している。
「直接 direct」「完了 complete」「反省 reflective」
18世紀の中国の詩人であり美食家でもあった袁枚は、当時の中国料理を扱った料理書『隨園食單』の中で、料理の提供順序の重要性について論じている。
袁枚は、料理の順序を、
・味の濃いものからマイルドなものへ、
・塩辛いものから甘いものへ、
・汁気のないものから汁気のあるものへと強調している。
この順番は、寿司などでよく見られる、軽い味から重い味へという現代の慣行と矛盾しており、興味深い。
味覚センサと時間性
“Intelligent” Sensors
e-Tongue (Astree II), France

Taste Sensor (SA402B and TS-5000Z, TS-6000), Japan

Intelligent sensors can reflect the human taste perception system in their component analysis as information processing.
インテリジェントセンサーは、成分分析の情報処理に、人間の味覚知覚システム(特に味の相乗効果)を反映させることができる
先味と後味

食の時間性の類型
食の時間性の3分類 (案)
「対象の時間」(ワインのヴィンテージ、デキャンタージュなど)
「認知の時間」(咀嚼などの口中経時変化、嗜好・嫌悪学習など)※測ることができる
「現象の時間」(心の時間、主観的な時間)※測ることが難しい
現象の時間はさらに
・無時間(時間が意識されていない)
・線形時間(不可逆で一方向)
・円環時間(反復し,循環する鑑賞)
・点時間(すべてが同時に同空間に現れる,凝縮した時間)
の4つの相の時間性をもつ
寿司の話
線形時間 linear temporality:握り寿司
・「寿司は左から(右から)食え」
・不可逆で反復のない時間
円環時間 circular temporality :ちらし寿司、海鮮丼
・具材の順序が先験的に決まっていない
・要素が反復し、その都度異なる関係性におかれる
点時間 point temporality:巻き寿司
・すべての要素が同時に,同空間に現れる
無時間 non-temporal (attemporal 非時間)
・時間が意識されない
・ シャリだけ,サーモンだけとか
4つの時間性は先験的には決定されず,食べる人の注意や態度によってその都度生起する
例:食べ物の無時間性
△ 時間的性質のない食べ物というよりは
◎ 時間性に注意を払っていない状態
「無時間なたべもの」があるわけではなく、食べる人の注意attentionや態度attitude,鑑賞能力に依存する
これらは主観的な時間性だが、これをもっておくと鑑賞、センシングがより豊かになるのでは
時間性を変えると認知が変わる
バーバラ・トヴァスキー Tversky 『Mind in Motion:身体動作と空間が思考をつくる』
線形の時間を絶対視する考えを線形バイアスとして批判
ホメオスタシス(恒常性),機械のフィードバック制御(フィードフォワード制御は線形時間)の例
「視点を線から循環するものへと変えると,新しい発見が可能になる」
九鬼は「東洋的時間」の最大の特徴として輪廻の時間を措定する
もし「東洋的時間」について語る権利があるとすれば,何よりも輪廻(transmigration)の時間が重要であると思われる
九鬼周造,「時間の観念と東洋における時間の反復」冒頭
パフェとアシェットデセール
パフェは世界中にいろんなスタイルがある

アシェット・デセール

庭で喩えると…
パフェ:入口と出口のある、回遊式の庭園
デセール:どこからでも入れて、どう遊んでもいい公園
「いちごのミルフィーユ」 西宮市/アシェットデセール・マルヤマ

このミルフィーユの皿の上のいちごは、左側と右側で役割が違う。
しかし舌の論理、現象を記述する方法を持たなければ、センサで測れば「同じ味」だという説明を許してしまう
皿の上に散りばめられたいちごは、序盤と終盤で役割が異なっていた。
提供された瞬間に視覚的インパクトを与えるという役割もあるが、序盤のいちごは、いちごの味を伝え、どのような風味かを紹介するために機能する。終盤のいちごの機能を理解するためには、本体のミルフィーユの味わいを解釈する必要がある。
――自家製だというパイ生地は、精緻に組み上がったジグソーパズルが崩れ、ほどけるような食感。折れたり砕けたりするような堅固なタイプではなく、舌で押し込むだけで小さなかけらへと瓦解し、待ち受けるカスタードクリームにうずまっていく。ミルフィーユの定義を覆すように横に横にと並べられたクリームとパイ、その一組をフォークですくうと、オートマティックにいちごが載り、ひとくち分が完成する。
クチポールのなめらかなフォークで口に運び、唇を結び、舌と歯でパイ生地をカスタードクリームに押し当てる。自分が何をしているかの意識が及ぶのはそこまでだ。僕はパイを噛んでいない。何かに導かれるようにパイを縛っていた糸がほどけ、屑くずに拡がり、その拍子に、舌はクリームの滑らかさに包まれている。いちごは何をしている? 果汁がクリームの脂肪分と分離して上っ面を流れるような、あの冷たい感覚がない。だが、いちごはその存在を確かに訴えている。繊維質の食感と、爽やかな酸味を確かに舌先にもたらしてはいるが、しかし綿密にコントロールされた果汁は分離するのではなく「いちごのカスタードクリーム」といった趣きでパイやクリームと融けあっている。――
この調和した「いちごのクリーム化」はあまりにも完璧すぎて、中盤以降に進むにつれて「イチゴを食べている」という意識を忘れそうになるほど。
その忘却を防ぐのが、皿の上に散りばめられたイチゴの、中盤から終盤にかけての役割である。
あまりにも調和が見事であるがゆえに失われそうになる主題への回帰を、まわりのイチゴが担保している。

おそらくこのミルフィーユは、左から順に食べることが想定されている。
その証拠に、端にあるクリームが、右端には存在しない。
全体としては線形の時間の中で、ひとすくいのミルフィーユは素材の完璧な調和による、凝縮した点時間を形成する。左から順に一層ごとのミルフィーユの繰り返しは再帰的な円環時間をもたらすが、連続が飽きとなり単調な無時間になろうとする瞬間に、皿の上に散りばめられたいちごが「特権的瞬間」として、食べるものの意識を円環時間に連れ戻す。
時間的契機、特権的瞬間
基本となる時間の流れ + 時間的契機(焦点)
時間的契機:イチゴ、対比、明確な反復、「特権的瞬間」
特権的瞬間とは
変化、運動のないところに時間は生起しないのであって、反復の中で変化を与えることは、その時点から過去と未来を生み出すことを意味する。スーリオは造形作品に内在する時間について、その構造が「恒星状で拡散的」であるとして、以下のように主張する。
作品の時間は、いわば、表現された特権的な瞬間を中心に放射状に広がっている。
スーリオ
(作品全体を調和させる中心的瞬間が)構造的な中心となり、そこから、イメージが 徐々に空間に消えていく瞬間まで、心は過去へとさかのぼり、未来へとますます漠然と移動していく。
認知の起点から時間が展開する
この「焦点」,認知の起点は,さまざまな類似概念がある
図 figure,ランドマーク landmark, 認知的際立ち salience,スーリオの特権的瞬間など
食べ物の時間においては、地だけでは「無時間」になる。
どんなに優れた味付けの料理も嗅覚の馴化を免れない。
全体としての調和をベースとして、変化点を与えると いうのは、音楽やスーリオの主張する造形芸術をはじめとして、おそらく各種の芸術作品に共通する原理であろう。
この変化点、特異点としての特権的な瞬間を実現するために、刺身でも寿司でも醤油はネタの端のほうにチョンとつけるべきであるし、醤油にわさびを溶かし込むべきではない。
(補足)パフェにおける特権的瞬間と対比
パフェにおける特権的な瞬間はどこか。
パフェは、いちごや桃、チョコレートといった明確な主題が立てられることが基本。
その多くが物理的な構造の最上部、特にグラスの口縁部よりも上部に載せられる。

この位置はパフェ経験の時間としては序盤にあたる。
しかし料理における特権的瞬間は、必ずしもその料理の主題や視覚的な特徴とは一致しない。
刺身におけるワサビ、カレーライスにおける福神漬けのように、香辛料や副菜が一つの料理の中で特異的な変化点をもたらし、特権的瞬間として機能することは珍しいことではない。
従ってパフェにおいても、上部(序盤)において主題が提示されたあと、グラスの本体部分を食べ進めていく中盤に、食べ飽きずにリズムをもたらすために特権的瞬間をデザインすることが求められる。
パフェにおいて特権的瞬間はミントなどのハーブ、温度変化、テクスチャ、味の濃さなどの変化と対比でもたらされる。
温度の対比
舌の感度が低いと味を感じづらい(感覚の閾値が上昇する)ため、大型のデザートであるほど舌の温度のコントロールが必要になる。
冷えた舌の温度を回復させるには、時間をおく、温かい飲料を飲むなどの方法が考えられるが、常温に近い素材や、熱伝導率の低い素材を提供することも効果的である。これは古典的にはアイスクリームとウエハースの組み合わせであり、パフェにおいてはコーンフレークが用いられることも多い。
パフェの場合は、狭く閉ざされた一つの空間に異なる温度の素材を収めることは難しい。
一方、アシェットデセールは、皿の上で距離を離して並べることができるため、温度の高いものと低いものを同居させることができる。あるいは、アシェットデセールのコース料理(例えばアンソレイユやリッシュ ユイット、ヴェールなどの専門店)[17]のように、冷たいデザートと温かいデザートを交互に出すという展開も可能である。



フレーク
パフェにはフレークや砕いたクッキー、クランブルといった、乾燥した素材が用いられる。スペシャリティパフェにおけるフレークは単なる安価な嵩上げではなく、いくつかの効果が期待される。
・舌表面の温度の回復
・果物やクリームにはない硬質な食感をもたらす
・水分のコントロール
・層の間の断熱材
・ガラス面に密着しないことによるVoidの演出

これらの効果はどれも、素材間の対比を生み出し、特権的瞬間を生起させる可能性をもつ。
パフェの持つ時間
パフェは基本的には線形の時間性であるが、
最後のひと口が最上部の主題と関連する味であることによって、反復性をもった円環時間がもたらされる。
制約が時間性を生む
人間の認知に関する制約
一つは記憶であり,もう一つは口腔の容積
自然知能では記憶(短期記憶、長期記憶、感覚記憶)の制限によって、
過去の刺激を今、ここにおいて全く同じ刺激として再現することはできない.
記憶は減衰し、編集される。有意味な記憶は強化される。
機械は10 年前のワインのセンサデータと、目の前のワインのセンサデータを等質に扱うことができる
10 年前と昨年と目の前のワインが「等距離」であり、今ここにすべてが「同時炳現」する,井筒の言う華厳的な非時間の実現と言っても良い
したがって,機械が味を鑑賞するのならば,基本的には点時間の鑑賞ということになると私は考える.
もう一つ,口腔の容積(と消化管の管構造)は,物理的な制約である.
握り寿司 10 貫が線形構造となるの は,1 貫ずつしか口に入らないからである.
もし大きな「口」のある機械であれば,寿司 10 貫を同時に,点時間として鑑賞することができる.
それは 1 貫ずつ展開する時間とは全く異なる鑑賞体験になるはずである.
このように,味の鑑賞においては、認知的、あるいは 身体的制約によって時間性が意味を持ち、その時間性は注意と焦点化によって複数の性質として認識される。
おわりに
なぜ味は鑑賞が難しいのか
1.ことば(単語)の不足 (言語による)
2.認知能力の不足 (個人による)
3.味わうことへの理論、思想が無い (一般の食べ手にはどうしようもない、研究が足りない部分)
人類は、まだ味わい方を知らない
例えば「時間性」が大事だということが理論化されていない
「味覚センサーには時間性がない」
「AIは人間の味わいを理解できない」
だけど…
❌ センサーが未発達、分析方法が未発達 (科学レベルの原因)
✅ 時間が大事だと理解していない。味の時間的性質 Temporality を科学者が知らない。
(だからそもそも測らない)
味わうとはどういうことか?に関する思想の不足
技術の不足ではなく、技術や科学を先導する哲学の不足
パフェをミキサーでごちゃまぜにするのは、全部の音を一気に鳴らして「分析」するようなもの
さすがにダメだと分かる
音楽ならどうするか
→ 拠り所となる音楽の時間理論がある (思想)
→ 何を分析したら良いかが分かっている (科学)
→ 具体的な作品の分析
技術や科学を先導する哲学(美学)、やっていきます