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本当は鼻で感じてるんですよ、の話

香りは鼻,味は舌で感じるというのは至極当然かのように思われるが,ほんとうにそれで良いのかというのはちゃんと議論しないといけない.
神経科学だと Oral refferalと呼ばれる問題.

「かき氷には”本当は”味は無くてね,香りだけがちがうんだよ」
とか
「りんごジュースの味は”実は”味じゃなくて香りなんだよ」
とかが,実はナンセンスな話かもしれないということ.

ワインでも日本酒でも,とにかく香りと味を分けたがる.その根拠が,舌には味蕾(味細胞)があって,鼻には嗅球(嗅細胞)があるから,というのがまあ当然の論理ではある.だから「あなたが舌で味として感じているのは”実は”,”本当は”鼻で感じた香りなんですよ」ということになる.

しかし例えば眼は,健常な視覚であれば左右一対の感覚器で「異なる」刺激を得て,その刺激の差異から奥行きの感覚を得たりする.でも「本当は右の眼で感じた光なんですよ」とか言うことにはならない.「眼で感じました」でOK.
いやいや,眼は左右で同じ種類の細胞で見ているけど,鼻と口は細胞がちがうでしょ,というのは当然の反論.
そしたらですよ,「あなたは「眼」で見たと思っているかもしれないけど,”本当は”右の錐体細胞で感じた色なんですよ」なんて言うことがOKになるんですかね.桿体細胞と錐体細胞は視神経でまとめられて脳に行くから分けて考えない,っていうことですかね.
ていうかレンズで一回像がひっくり返ってますけど大丈夫ですか?
”本当は”ひっくり返った像見てるんですけども.

引用なんかしながら味付けしとこう.
ギブソンの生態学的知覚システムなんかだと,

嗅ぐことと味わうことを受容器と神経で定義する必要はない.(中略)
頭の内部でつながる腔中に位置する,食物の揮発性の構成要素と溶解性の構成要素のための異なる需要期は,同一の知覚システムに組み込むことができる.(中略)
口の触覚の受容器は,舌の皮膚と組織,口唇,口の裏,舌の筋,顎の筋,顎の関節にある.これらの受容器は解剖学的には分離しているが,(中略),その受容器のすべては,口という器官の部分である.
(ギブソン,2011訳,pp.158-160)

となる.

細胞とか,感覚器を解剖学的にやっていくとどこまででも細かく分けることができる.しかし「知覚システム」という単位で考えてみると,口と鼻を分けたほうが良いのか,一つのシステムの部分として統合的に考えたほうが良いのか,これは議論する余地が十分にある.

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