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福島宙輝です

略歴

慶應 博士課程
九州女子大学 専任講師
台南応用科技大学 講師
2023年9月〜 現職

業務内容

IR、DX
Web管理
認知科学の教育研究
数値化・言語化しづらい学生の能力の評価方法の提案

紀要論文タイトル(2024)
2025年にむけた生成AIへの大学の対応-国立大学指針の分析と情報セキュリティの提示方法の提案-

主な内容
① 国立大の生成AI指針文書のデータベース化
② 生成AIを大学が「導入する」4つのパターンの提示
③ 生成AIを導入する際の情報リスク、活用リスクの提言(評価活用の是非など)
④ 学生へのガイダンス、FDで強調すべき内容の提言

目次

研究

味と香りの美学・知能情報学
味や香りの言語/非言語による表現
味や香りの鑑賞(賞味)の現象学

分野
知能情報学
記号論,意味論,意味づけ論,語用論
日本語教育

所属学会
・人工知能学会
・認知科学会

研究目標:視覚偏重、眼の支配を打破する

眼の論理と舌の論理

眼の論理

見た目の「映え」を優先的な動機づけとするディスプレイ

舌の論理

この状況は、舌の論理を記述し分析してこなかった科学と思想の怠慢の写し絵でもある
↓のミルフィーユの皿の上のいちごは、左側と右側で役割が違う。

しかし舌の論理、現象を記述する方法を持たなければ、センサで測れば「同じ味」だという説明を許してしまう

西宮市/アシェットデセール・マルヤマ

ことによると、マルヤマのパティシエは眼の論理でいちごを皿の上に散りばめたのかもしれない。
だがそのいちごを舌の論理で意味づけし、評していくことによって、舌の論理の位置づけを高めていこうという試みは空虚な妄想ではない。

科学・哲学における視覚の優位性

科学においても、美学・哲学においても視覚の優位性が強調されてきた

眼の支配

①視聴覚を高級感覚と見做す妄想(カント以来)
眼(と耳)だけが確かな情報をもたらす器官であり、身体から離れた精神世界に近い

→ 現代に至って低級感覚をそもそも議論しないという風潮

②認知の科学の中心議題となることで、眼を明らかにするための分析手法を独占的に確立してきた

→ 認知科学における客観性・再現性(実験可能性)の過度な強調
  主観的なデータの排除

防ぎたい未来
眼のための分析手法が他の感覚にも適用できるだろうという安直な考え、
いわば分析手法の敷衍による「二次支配」

・センサーで測ればわかる
・その味、「本当は」甘くないんですよ

研究目標
味わうという知的な営みを、眼の科学の手法のおし着せではなく、舌と鼻の経験に即して記述したい

認知の科学を先導する美学

味覚センサの数値をもって「味」とする研究は、明らかに何かを見逃している
・味の科学的分析は「食べる」経験の分析にはならない
・センサーで「測る」だけではわからない

だがそれは分析の手法やセンサの精度の未熟さが問題なのではない
足りないのは、味の認知研究を先導する思想と哲学。

何かを「味わう」という経験がどういうものかの理論が無いと、「食べる」「味わう」「賞味する」という経験の分析ができない

認知科学で人が「食べる」経験を扱うために、美的経験や鑑賞といった美学の理論を参照しています

たとえばピザは持ち方によって「経験」が変わる
(機械で分析したら当然同じ「味」)

こうした経験の差異はどのように分析できるのか?

時間性に注目

「食べる」は④つの時間相で構成されている(Fxyma, 2023)
・無時間(時間が意識されていない)
・線時間(不可逆で一方向)
・円時間(反復し,循環する鑑賞)
・点時間(すべてが同時に同空間に現れる,凝縮した時間)

線形時間:握り寿司
・「寿司は左から食え」
・不可逆で反復のない時間

円環時間:ちらし寿司
・具材の順序が先験的に決まっていない

点時間:巻き寿司
・すべての要素が同時に,同空間に現れる

(無時間)
・ シャリだけ,サーモンだけとか

詳しくは↓

味の表示・学生のスキルの可視化

レーダーチャート(よく見る)

・面積が大きい方が理想像に思える
減点法に見える
・凹んでいる部分が「足りない」に見える

チョコレートはチャートの項目に出されている香りすべてが強いことが満点ではない

ナッツの香りが特徴のチョコレートが、花香も果実香も強い必要はない。
逆にそんなチョコレートは美味しくない。

でもレーダーチャートになると、花香が「足りない」ように可視化される

酸味が「少ない」ことが特徴のチョコレートの、「少ない」ことを肯定的に評価できない
どこまでいっても減点法の、足りない部分の可視化に思えてしまう

人間のスキルをレーダーチャートで可視化してはいけない

チョコなら、「苦味が無いことも特徴の一つだ」とわかるが、
「リーダーシップが少ないことも特徴の一つです」と、受け取る側の学生は好意的に解釈できるだろうか

可視化手法にはそれぞれ、暗黙の(隠された)前提がある

・欠けた存在として人間を見ているのでは?
・減点法で評価しているのでは?
・特性、「ないこと」を評価できていますか?
・多様な個性を尊重できていますか?
・入試で多様性を奪って均質な学生を入学させておいて、その中で無理やり差別化しようとしていませんか?
学生をなにか足りない存在、不足した存在として決めつけて、その穴を教育で埋めようとしているのでは?

1人の人間として、足りない部分とかじゃなく、「僕はこういうタイプです」と胸をはれるような可視化を目指したい

ということで、味の評価マップなどから、スキルの可視化を模索しています

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