本資料は、人工知能学会第69回ことば工学研究会での発表資料です。
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背景:芸術における時間,時間性
時間芸術と空間芸術
時間的性質temporalityに着目した芸術の分類方法
時間芸術:時間とともに展開する音楽や演劇
空間芸術:絵画や彫刻,建築などは鑑賞中に劇的に変化することがない
ラオコーン論争
レッシングはラオコーン像の批評において,
「詩は画のようにut pictura poesis」という格言で表されてきた,
詩と絵画を一体視する伝統に異を唱えた.
レッシングは,
物語の決定的な瞬間を描く視覚芸術(空間芸術)と,
物語の継続的な行為を描く言語芸術(時間芸術)を区別
二分法への批判
時間芸術と空間芸術という二分法は
スーリオEtienne SouriauやデューイDeweyにより批判されている
スーリオ
『諸芸術の照応』において,
時間芸術と空間芸術をはじめとしたあらゆる二分法的分類を批判
諸芸術を照応,つまり共通する構造によって並列に分析する.

スーリオはTime in the plastic artsにおいて,
絵画や彫刻作品の鑑賞において,(音楽や小説と同様に)時間的性質が本質的な意味を持つことを論じている
デューイ
すべての芸術はリズムを持ち,
時間的性質は五大芸術(建築、彫刻、絵画、音楽、文学)に通底する構成要素
本研究の目的
スーリオやデューイの考えを擁護
味や香りの鑑賞についても,時間的性質と空間的性質の双方を持ちうるものと考える
味や香りの時間的性質
・香水の「トップノート/ラストノート」
・ワインの「後味(アフターフレーバー)」
に代表されるように,時間的性質があることは想像に難くない
空間的な性質
・ワインやウイスキーのフレーバーは口腔と鼻腔の空間において展開
・ウイスキーに一滴の水を垂らすと香りが広がる
⇛ 空間的性質もありそう
ただし,一杯の酒の鑑賞において
どのような時間的性質temporalityが関与しているかについては明らかではない
どのような時間観が味わいの鑑賞に求められるかも論じられていない
本研究は料理や飲物を美学の対象として論じ,美的な鑑賞の対象として扱う上での基礎を提供する
対象の持つ時間・身体的な認知の時間
味わいの鑑賞をとりまく3つの時間相
対象の持つ時間
・ワインのヴィンテージなど
身体的な認知の時間
・食べ物や飲み物を口にしてから飲み込むまでの時間
・内臓感覚と学習
・食物・飲料の影響を受けている時間(酔い・カフェインなど)
身体的な認知の時間は,現象の時間と対をなす
現象の時間
・主に心の時間
・対象の意味づけと解釈に関わる時間
・形而上学的な時間を含む
身体的な認知と現象の時間は用語上は対をなしているが,
対象の意味付けと解釈は身体性をもちうるために,
両者は排他的な概念ではなく,相互に関連する概念
以下,本節において列挙する対象の持つ時間と身体的な認知の時間の各項目は,味の鑑賞における時間性としては基本的なものであり,網羅的なリストではない.
また,本節の目的は,本節に筆者の新たな主張はほとんど含まれていない.発表においては時間の都合により割愛する.
対象の持つ時間とは
酒が内包する時間
- ワインのヴィンテージ(数年間)
- 日本酒の瓶詰めされてからテーブルに載るまでの時間(数日~数ヶ月)
- 開栓されてからグラスに注がれるまでの時間(デカンタージュ,数分~数十分)
- グラスに注がれてから口に入るまでの時間(数分)など
身体的な認知の時間の具体例
現象の時間
本節のねらい
時間的性質の第三,現象の時間について,円環的な時間観,点時間を導入することで味の鑑賞を説明する.
なお本稿で行うのは現象の時間の性質の説明であり,ワインや日本酒といった具体的な対象について,どのように鑑賞するとどのような鑑賞の結果が得られるかかという主張は行わない.
時間の四つの相
- 無時間
- 線形の時間
- 円時間(循環,回帰)
- 点時間(非時間,マンダラ的)
無時間
無時間 nontemporal な食べ物
経時的な変化のない食べ物
=口にして飲み込むまで何の変化もないもの
少なくとも時間性という観点からは美的鑑賞の対象とはみなされない
しかし
・口中では咀嚼による反射として唾液が分泌される
・嗅覚は刺激に対して馴化
・などなど…
まったく変化経時的な変化がない食べ物というのは原理的にはありえず,
無時間性は、食べる人の態度と注意に依存する
食べ物の無時間性とは
△ 時間的性質のない食べ物というよりは
◎ 時間性に注意を払っていない状態
たとえば
米・じゃがいも・小麦… 自分の主食以外の穀物は無時間に思える
が,当然,コメも品種ごとの鑑賞が可能
「無時間なたべもの」があるわけではなく
食べる人の注意attentionや態度attitude,鑑賞能力に依存する
線形の時間
通常の「時間」
・過去から未来に流れる時間
・「川の流れ」「矢」のような一方向の時間
・不可逆,可測,均質に増加(変化)するもの
ワインの表現も基本的にはこの時間に従って語られる.
ブラックベリー、ブルーベリー、モカ、エキゾチックなスパイス、サンダルウッド、新鮮な土のフレーバーが特徴的で、リッチでバランスのとれた味わい。中盤はしっかりとしたタンニンが存在感を増し、ドライなエッジを与えている。フィニッシュは、核となる果実味を強調する。
この例では「中盤midpalate」「フィニッシュfinish」が時間の表現
言語は,その性質の一つに線条性 linearity があるために,線形時間と相性が良い
ワインの評価的コメントの基本構造
最初に感じる香り(アタック)
→中盤の印象,
→最後の香り(余韻やアフターフレーバー)
を,時系列で語る
非言語表現の例




左から右に向かって時間が展開する構成
図の下端には水平方向の軸(x軸)として経過時間(秒)が示されている
ワインのフレーバーが口中でどのように展開するかを描いたものであり,味の表現事例として興味深い
線形だけでは足りない
線形の時間のみによるコメントは,味の鑑賞としては片手落ちと言わざるを得ない.
野球の打線において9番打者が「ラストバッター」ではなく「1番打者の前の打者」として考えられるべきであるのと同じく,「アフターフレーバー」が次の杯の「トップノート」に先駆ける香りであることを忘れてはならない
味わいの記述を,酒が口の中に入ってから飲み込むまでに限定することは
行き過ぎた単純化であり,経験の矮小化である
回帰的な時間 Recursive Temporality
線や点ではなく,循環あるいは反復する時間,繰り返す時間,周期的な時間として時間を捉える見かた
九鬼周造や井筒俊彦などの日本の論者の時間論ではしばしば
輪廻(saṃsāra, transmigration)の時間と呼ばれる
九鬼の時間論
仏教では,回帰的な時間観を宗教的な教義の中心におき,
反復する無限の転生(輪廻)と,その再生からの解脱を理想とする
九鬼は輪廻の時間を
「無際限の再生,意志の永遠の反復,時間の終わりなき回帰」と説明
九鬼は「東洋的時間」の最大の特徴として輪廻の時間を措定する
もし「東洋的時間」について語る権利があるとすれば,何よりも輪廻(transmigration)の時間が重要であると思われる
九鬼周造,「時間の観念と東洋における時間の反復」冒頭
仏教に限らず,古代インド哲学(『シュヴェーターシュヴァタラ・ウパニシャッド』『ヴァガッド・ギーター』『ミランダ王の問い』など)にも共通して「車輪」や「無窮の時間」「閉じた円」として語られる,回帰的な時間観が見られることを指摘(九鬼)
回帰的な時間と鑑賞
回帰的な時間観は,東洋に限定されたものではない
蛇または竜が自身の尾をくわえた図,いわゆる「ウロボロス」は
終わりも始まりもない絶対的な一の象徴,不老不死の象徴として世界各地の古代文明に見られる.


回帰的な時間観
(例)日没と日の出の無限の反復,四季の反復
✔ 我々の生活に沿った時間観
✔ 農事歴を代表例として世界に共通して見られる
ただし,この時間観は一年や人の一生,世界の構造というような
形而上学的・長期的な時間幅についてのものであることが多い
一つの作品の創作と鑑賞という
具体的かつ比較的短い時間での時間観において
回帰的な時間観を持ち込むことは可能か
日本の詩歌(短詩型)における無限時間(九鬼)
「長い時間よりも多くのものを含む短い時間を実現」
= 時間から解放された,無限の表現
(九鬼周造「日本芸術における「無限」の表現」)
日本絵画,日本の音楽などの作品の多くの材ないし事物が,
可測的時間(すなわち線形の時間)からの解脱と,「無限」の象徴として表現されている
九鬼は,日本絵画,日本の音楽などの作品の多くの材ないし事物が,
可測的時間(すなわち線形の時間)からの解脱と,「無限」の象徴として表現されていることを論じる
以下では,九鬼によって示されるような回帰的な時間観が,味や香りの鑑賞においても重要な契機となる
ことを主張する.
回帰的な時間の食べ方
マクロな食事レベル:フルコース vs ミールス
イタリアン・フレンチのコース料理
提供順は不可逆,おかわりは許されない
=線形時間
南インド,ケララのミールス(食事): サディーヤSadhya
このミールスのスタイルでは,
どのおかずを最初に食べるかの順番は予め決定されていない.
バナナの皮(大皿)の上を手が行ったり来たりして,
口の中にはランダムと言っていい順番でおかずが循環的に放り込まれる.
おかず A は,あるときには B の前にあり,あるときには B のあとにある.
何度も A が生起するが,常に他のおかずとの異なる関係に置かれている.
=循環的な時間




円形時間の食べ物
定義
具材が何度も反復して立ち現れるような料理.
その組み合わせと共起(同時生起のパターン)によって時間の経過を実感するような時間性.
例:ピザ,炒飯,日本のカレーライス,ミネストローネ・・・
おそらく線形と点時間のほうが特異で,ほとんどの料理は円形時間が支配的
理由
・食事自体が円形時間に埋め込まれている(後述:重層的な円形時間)
・胃よりも口が小さいので分割する必要がある(compare:点時間との対比,refer:二重の制限)



マルゲリータ
トマト,チーズ,バジルは繰り返し生起し,互いに依存しながら循環的に味わわれることによって
マルゲリータというひとつの料理事態 food-event を生じさせる.
ミールスもマルゲリータも,次々に起こる口の中の事態,シークエンスや共起を図にするならば線形ではなく多相的で,セミラティス (C. アレグザンダー) になる

点時間
定義
その料理のすべての構成要素が同時に口腔に収まる
例
餃子 Jiaozi(中国),春巻き Gi cun(ベトナム), マタンブレ matambre(アルゼンチン),サモサ(インド),アメリカンドッグなど
点時間の英語(悩み中)
point-time, singular time, 非時間 at-temporal
点時間の捉え方
静止した時間ではなく,凝縮した時間
無時間:経時変化の実感の無い時間性
点時間:口腔の中にその料理の全世界が展開する時間的充実がある
点時間の理解のために
点時間の理解のために,四季をモチーフにした2つの作品を見てみよう.
ミュシャの「四季」

4つの季節が 明確に区分され,独立して描かれている
それぞれの絵は植物や服装,モチーフによって明確に季節が表現されている
順序のある線形時間としての性質が強い
台湾の版画家,廖修平の「四季」

廖修平 Liao Shiou-Ping, 四季之門(一)(二)(三) (四)Gate of Four Seasons I II III IV, Acrylic, gold
leaf on canvas, 2008
点時間に思われる
一見すると,金,赤,黒,銀の背景(地)に よって4つの領域に分かたれているように見える.
しかしそれぞれの色の境界を中心として枠を設けることもできる.
境界が無いが,境界があり,描かれるモチーフは同じではないが,反復するパターンが有る.
ミュシャの四季は明確に区分され,独立
一方,廖修平の「四季」のそれぞれの領域は排他的ではなく,相互浸透的
金色を地とする一つ の領域の中に,その他のすべての色がある
その他の領域も,それ以外の領域を内包している.
Discussion: なぜ円環時間を導入するのか
線形バイアス批判
線形の時間を絶対視する考えを線形バイアスとして批判
ホメオスタシス(恒常性),機械のフィードバック制御(フィードフォワード制御は線形時間)の例
「視点を線から循環するものへと変えると,新しい発見が可能になる」
杯を重ねるという鑑賞が見逃されていないか
ワインの評価的表現は,明示性を求めるあまり酒の成分表示のようなコメントを指向し,杯を重ねるという鑑賞を見失ってしまった.
回帰的,反復的な時間として日本語では「杯を重ねる」「飲みすすめる」という定型句がある.
文字通り,何杯も何杯も飲むというほどの意味だが,酒や茶の鑑賞はこの杯を重ねるという反復において成立する.
この境地を描いた唐代の盧仝による「七碗茶詩」はあまりに有名である.
一碗喉吻潤
兩碗破孤悶
三碗搜枯腸 唯有文字五千卷
四碗發輕汗 平生不平事盡向毛孔散
五碗肌骨清
六碗通仙靈
七碗吃不得也
唯覺兩腋習習清風生 蓬来山在何處
玉川子 乘此清風欲歸去
味の鑑賞は,多重的な反復的・回帰的時間構造に埋め込まれている
身体的な認知の時間も,反復的なサイクルを基本としている
ごく簡単にその多重性を確認しておこう.
まず「食べる」という行為じたいが反復的な営みである.
我々は血糖値の上昇と下降の「サイクル」によって,数時間単位で食事を繰り返す.
食事において,咀嚼は数秒おきに行われる反復動作
咀嚼は,一義的には口中で食物を物理的に砕くという目的をもつ
しかし歯ざわりやテクスチャの知覚に大きく関わっており,鑑賞の契機の一つである.
同様に,繰り返す舌での撹拌,唾液の分泌,オルソネーザルとレトロネーザルによる海岸に寄せる波のような呼気吸気の反復は,それぞれが異なる反復のリズムをもちつつ,重層的な回帰構造を構成
食物嗜好学習はこの反復をブーストする
食物嫌悪学習はこの反復を生命の維持のために停止させる
反復のなかに特権的瞬間をもたらすべし
この重層的な反復において,全体として大きな調和を実現することが,料理芸術の目標となるだろう.
日本料理では異なる食材を組み合わせて咀嚼中の変化をもたらすことが,料理法の基本とされている.
(cf.辻嘉一『味の散歩』)
ケンは刺し身の肉の味を,生野菜のシャリッとした歯ざわりによって引き立て,それを交互に召しあがるところに,得も言われぬ旨さが生まれるのであります.そのためには,刺身の量に対してケンの量が適量でなければならず,必要以上にケンが多いと刺身の旨さの邪魔になり,他の料理の良心までも疑われるのであります.(中略)
辻嘉一『味の散歩』
(毎日味わっても飽きないように)より楽しく味わうためには,軟かい和布に対して,歯触りの楽しさを添えることでありまして,ウドの繊切り,竹の子の細切り,山の芋の細打ちなど,シャッキリとしたリズム感のあるものを脇役に一緒に入れることであります.
このように,辻は一つの皿の中で複数の食感をもたらし,
反復する咀嚼の中で変化点を与えることでリズムを生起させることを美食の秘訣としている.
変化,運動のないところに時間は生起しないのであって,反復の中で変化を与えることは,その時点から過去と未来を生み出すことを意味する.スーリオは造形作品に内在する時間について,その構造が「恒星状で拡散的」であるとして,以下のように主張する.
作品の時間は,いわば,表現された特権的な瞬間を中心に放射状に広がっている.
E.スーリオ 「造形作品における時間」
(作品全体を調和させる中心的瞬間が)構造的な中心となり,そこから,
イメージが徐々に空間に消えていく瞬間まで,心は過去へとさかのぼり,
未来へとますます漠然と移動していく
循環的時間の起点
循環的時間においては,始まりと終わりは重要ではない
(月や太陽がいつ天空を回り始めたかは重要ではない)
ただし
日の出と日没,夏と冬があるように,循環の中で時間を実感する焦点(特権的瞬間)がある
特権的瞬間
この「焦点」,認知の起点は,さまざまな類似概念がある
図 figure,ランドマーク landmark, 認知的際立ち salience,スーリオの特権的瞬間など
「全体としての調和をベースとして,変化点を与える」
音楽やスーリオの主張する造形芸術・各種の芸術作品に共通する原理
この変化点,特異点としての特権的な瞬間を実現するために,刺身でも寿司でも醤油はネタの端のほうにチョンとつけるべきであるし,醤油にわさびを溶かし込むべきではない.
この点について料理における咀嚼は最もわかりやすい例である.
咀嚼を含まない酒の鑑賞も同じ
酒は均質に意識にもたらされるわけではない
舌を主語にすると,舌はどこまでも均質な水質のプールを泳ぐわけではなく,流れやよどみをもった動的な環境としての川を泳ぐ.
酒は口の中で滞留,撹拌,唾液との反応など多くの作用を受ける
舌にもたらされる情報は常に変化する動的なもの
酒は情報の濃淡(ギブソンのいう「きめ texture」)をもって現れる
我々はそのきめに彩られた環境との相互作用を通じて情報の勾配,濃淡と特異点を見出し,
図と地,すなわち中心的瞬間と基本的な時間を構成する
変化点をもたらす咀嚼の例
咀嚼の中で変化点,「中心的瞬間」を作り出すためには,その素地としての流れが必要
(変化点ばかりでは中心的瞬間が現れない)
例:野菜の合わせ炊き
❌ 見た目の大きさを合わせる
✅ 野菜が一緒に口に入ったときに咀嚼の回数を合わせるように切る
咀嚼回数を多いれんこんは小さく,じゃがいもは大きめ
例:白米と茶漬け
ごはんには沢庵漬の2,3枚が合うが,茶漬けには合わない
理由:咀嚼の回数が違う
茶漬けや粥には刻んだ漬物,理想を言えば土井のすぐききざみが良い
例:インドの「カレー」のチャツネ
VS チャツネの代用品、日本のカレーライスの福神漬
どろりとしたルー,ルーと一体となった軟らかい米,そしてじゃがいもと人参の,どちらも中心的瞬間とするには芋役者な中にあって,福神漬けのカリポリという清涼は,カレーという作品を成立させる「特権的な瞬間」にほかならない.
ルーも米もじゃがいもも,すべての時間はこの特権的な,構造の中心的瞬間によって初めて,
過去に向かって遡及的に,そして未来に向かって拡散的に気付かされる.
まとめ
本発表の主張
味の鑑賞には
・対象のもつ時間
・身体的認知の時間
・現象の時間
の3つに分類できる
現象の時間は
・無時間(時間が意識されていない)
・線時間(不可逆で一方向)
・円時間(反復し,循環する鑑賞)
・点時間(すべてが同時に同空間に現れる,凝縮した時間)
の4つの相の時間性をもつ
「主張2」の4つの時間性は先験的には決定されず,食べる人の注意や態度によってその都度生起する
寿司の話
前提:時間性は食べる人の意識(注意と態度)に依存する
線形時間:握り寿司
・「寿司は左から食え」
・不可逆で反復のない時間
円環時間:ちらし寿司
・具材の順序が先験的に決まっていない
点時間:巻き寿司
・すべての要素が同時に,同空間に現れる
(無時間) シャリだけ,サーモンだけとか
制約が時間性を生む
時間は(少なくとも時間性 temporality)は,認知主体としての人間と独立に,人間の外側に存在するのではない
時間は人間の認知に関する主に 2 つの制約によって意味をもつ.
一つは記憶であり,もう一つは口腔の容積
自然知能では,記憶(短期記憶,長期記憶, 感覚記憶)の制限によって,過去の刺激を今,ここにおいて全く同じ刺激として再現することはできない.
記憶は減衰し,編集される.有意味な記憶は強化される.
もし人工知能のように(学習によってモデルを更新し ていくような機械であっても),10 年前のワインのセ ンサデータと,目の前のワインのセンサデータを等質 に扱うことができれば,そこに時間は介在していないことになる.
10 年前と昨年と目の前のワインが「等距 離」であり,今ここにすべてが「同時炳現」する,井筒の言う華厳的な非時間の実現と言っても良い.
した がって,機械が味を鑑賞するのならば,基本的には点時間の鑑賞ということになると私は考える.
もう一つ,口腔の容積(と消化管の管構造)は,物 理的な制約である.
握り寿司 10 貫が線形構造となるの は,1 貫ずつしか口に入らないからである.
もし大きな「口」のある機械であれば,寿司 10 貫を同時に,点時 間として鑑賞することができる.それは 1 貫ずつ展開 する時間とは全く異なる鑑賞体験になるはずである.
このように,味の鑑賞においては,認知的,あるいは 身体的制約によって時間性が意味を持ち,その時間性は注意と焦点化によって複数の性質として認識される.
Reference
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